資料3−3

21世紀の日本にとって、農山村が、なぜ大切なのか
−揺るぎない国民的合意にむけて−

はじめに

 わが国は、この世紀転換期において、深刻な経済的、政治的、社会的な諸課題に直面しています。その解決の方向と成否は、国のみならず、地方の将来にも大きな影響を及ぼすものと考えられます。
 解決を迫られているのは、バブル崩壊の後始末といった当面の、しかし相当重大な問題だけではありません。右肩上がり経済の終わり、飛躍的な情報技術の革新にともなう産業社会の変転、人類史が体験したことのないような少子高齢社会の到来、環境問題の地球規模への広がり、新たな有害物質への対処、男女平等の進展、国際化の深まりなど、波動の大きな歴史的な転回から生まれている諸問題が、高度経済成長時代以来の考え方や制度の抜本的な見直しと再編を求めているといってよいと思います。それには困難と痛みを伴いますが、思いきった改革を実現することなしには日本の再生はないというべきです。
 ここ数年来、各方面で論議されている様々な「改革」案は、いずれも、こうした大転換のために避けて通れない処方箋として提示されているといえます。しかし、大転換のときには、利害の対立をことさら強調するような動きもでてきます。
 農山村地域の人々が、今、改革に伴う動きの中に大きな困惑を感じ、そのゆくえに危機感を強めているものがあります。たとえば、「都市住民の犠牲の下で農山村を優遇し、その結果、町村は無駄な支出を行っている」とか「どんなに小規模で財政効率が悪くとも地方交付税で財源保障がなされている限り、町村が自主的に合併を進めるはずがない」といった議論です。それが、地方交付税を大幅に縮小すべきだ、地方交付税の段階補正をやめるべきだというような「改革」論と結びつけられると、農山村地域の人々は、「これからどうなるのか」という不安や「結局、農山村は切り捨てられていくのではないか」という疑念がわいてきます。
 農山村と町村の実態に関する基本認識を欠いたまま、都市と農山村の対立をあおり、複雑な事柄を単純な二分法で割り切ることによって、真の問題から、人々の眼をそらそうとする議論のしかたは、「構造改革」を進める上で実りある合意形成には、けっして役立たないというべきではないでしょうか。
産業の新旧交替によって職を追われ、あるいは過酷な企業競争の中で辛苦を余儀なくされている都市住民の苛立ちや不満を、農山村と町村にむけさせて、それで都市住民の支持を得られるものでしょうか。もし得られたとして、それが本当に日本の再生につながるのでしょうか。
 都市住民が求めていることは、農山村との対立を鮮明にして、かろうじて農山村と町村を成り立たせてきた財源を都市に取り戻すことなのでしょうか。そのようにして、農山村をさらに疲弊させて、どのような利得が都市住民にあるというのでしょうか。都市も農山村も、今までのあり方を真剣に反省し、互いに学びあい、日本再生にむけて新たな国民的合意を創り出すことこそが時代の要請であるはずだと思います。
 わが国の農山村といわれる地域には、現在、2,554の町村が、山間部や離島から大都市の隣接部まで、極めて多岐にわたって存在しています。町村は、国土の大半を占める農山村地域を抱え、これら町村の活動によって、空気、緑、水、土壌など生命の営みに不可欠な自然環境の維持が可能になっています。
 町村行政自体に改善・改革が求められていることは否定しません。しかし、そのことと、農山村や町村を非難することとは違うのではないでしょうか。都市側には、農山村の実態と悪戦苦闘しながらも自立しようとする町村の実態を理解することが、農山村の側には、かけがえのない農山村の維持と発展に町村がいかに貢献しうるかを説得的に訴えていくことが、そして両者間に対等・協力の新たな関係を形成していくことが強く望まれていると考えます。
 本冊子は、そのために編まれた、全国町村会としての緊急のアピールです。本冊子での見解と主張は、農山村と町村の立場に立ってはいますが、けっして、これまでの考え方を墨守し、既得権益を守ろうとするものではありません。都市と農山村の共存に向けて揺るぎない国民的合意をつくりだすため、町村としての決意を伝え、広く各界各層の方々の理解を求めるものです。

 

1 農山村のかけがえのない価値とは何か

 

1 農山村の価値はどこにあるか

 

 澄んだ大気のもと、田園や森林が大きく広がり、たおやかに川が流れています。山際には、この空間を形づくってきた民家が、寄り添うようにたたずんでいます。こうした農山村の風景は、その存在だけで、我々の心を和ませてくれるのではないでしょうか。
 しかし農山村には、単にその景観だけでなく、我々国民にとって様々な価値が存在しています。それは、都市に住んでいるか、農山村に住んでいるかを問わず、全国民が日本の国土のうえで安心して生活していくことを支える、基本的な価値といってよいでしょう。それらは次の5点にまとめることができます。

(1)生存を支える

 農山村においては、農林漁業にかかわる生産活動が行われることによって、そこから食料その他の多様な農産物や海産物を生み出しています。また地域の暮らしから育まれたワザを駆使して、それらを様々に加工した品々も全国に供給されています。そうした生産物は、全国民が生存していくための基礎的な拠りどころになるはずのものです。
 しかし、現在の日本における食料供給の状況をみますと、穀物自給率はすでに30%を切っています。先進国では考えられない低さです。また農産物が隣国などから輸入される量も種類も急増しています。今日の日本人の日常生活は、そうした国外からの輸入農産物の上に成り立っています。都市と農山村を問わず、大量の輸入農産物が日常生活を支え、表面的にはとくには困らないという状態になっています。
 しかし、現実には、世界的規模で食糧不足が生じているといわれています。こうした情勢を正面から見据えるならば、様々な困難に耐えながら維持されている、国内の農林漁業の生産機能が、より一層その重要性を増してくるのではないでしょうか。

図:主要先進国の供給熱量総合食料自給率の推移

 安全な食料を国内できちんと確保することは、食生活だけにとどまらず、私たちが安心して、様々な活動を行なっていくことができる上で不可欠なのです。できる限り都市と農山村が互いに交流を活発にし、顔の見え、気心が通じ合える関係のなかで、安全な食料が供給され、またそれを消費できるような仕組みづくりを拡充していく必要があります。
 食料だけではありません。集落を形成し、居住環境をつくるための資材を生産し、それらを加工する上でも、農山村は大きな役割を果たしています。最近では、従来の工業製品や海外からの輸入木材だけに頼るのではなく、農山村で生産された木材等を使って、公共施設や住宅を建設しようという動きも活発になってきました。CO2の吸収はもちろん、林業の役割も新しく見直されています。
 また全国一律の工法ではなく、従来からその地域に根付いていた技術や工法を発掘し、地元の植生を活かした治山治水を進めようという動きも、現実の取り組みとして注目を集めています。こうした動きは、全国規模で画一化してしまった現在の公共事業の見直しにも通じる動きであるといえます。

(2)国土を支える

 多くの農山村は、我々の生存を支える生産機能だけでなく、その他にも多様で多面的な機能を果たしています。それらは、主に「国土の保全」「水源のかん養」「自然環境の保全」といった機能に大別できます。

図:農業の有する多面的機能に関する国民の意識

 「国土の保全機能」とは、ひとつには農山村に多く存在する水田や畑、森林が、洪水の被害を防止し、軽減する機能をもっていることだといえます。水田や畑、森林が、雨水を一時的に蓄え、そこに留めることによって、河川の急激な増水を緩和したり、遅らせたりするのです。それにより下流域の都市部における水害を防止する役割を果たしています。
 また水田等の適切な管理や、農地の平坦化、森林の下層植生などにより、土壌浸食を抑制する機能も果たしています。それに加えて、傾斜地等においては、森林、農地や用水路を適切に維持することにより、土砂の崩壊を防止するといった国土保全の機能も大きいといえます。
 「水源かん養機能」とは、水田や畑、森林は、雨水や灌漑水を蓄え、ゆっくりと地下へ浸透させ、地下水をかん養していることです。そこで蓄えられた水は、長い時間をかけて河川に流れ込むことにより、河川の流量を安定させ、渇水を緩和させる機能を果たしています。こうした地下浸透の過程で、不純物等をろ過し、水質を浄化する作用も果たしています。この水が、地下水脈をつたわって、都市部で湧出し、市街地で井戸水として汲み上げられ、貴重な飲料水となっている地域も少なくありません。
 「自然環境の保全」については幅広い機能が考えられます。まずは森林による二酸化炭素の吸収や酸素の供給といった、人間生存に関わる基本的な機能があります。また農業生産活動を通じて、微生物による水や土壌の汚染物質の分解や除去、さらに有機性廃棄物の分解機能なども大きな役割です。
 とくに農山村における森林、里山、水田、畑、ため池、水路等は、野生生物の育成・生息環境を保全する機能をもっています。また水田や畑、森林が蒸発散することにより、高温時には広範な地域で気温を低下させ、一方、低温時には温度低下を緩和させる機能等もあります。
 このように、河川を通じての都市と農山村の関わりは、多様で深いつながりを保ってきました。歴史的には、水の利活用をめぐって、一部の都市と農山村の間で争いがありましたが、国内に3万本近くあるといわれる河川を通じて、上流地域と下流地域との交流の形として、農山村と都市が連携して、固有の流域圏文化を育んできた地域も数多くあります。
 こうしてみてくると、これらの機能は、単に物理的な機能という意味をこえて、都市・農山村を包含し、互いを融合してきた日本の文化そのものだともいえないでしょうか。

(3)文化の基層を支える

 農山村の存在価値は、これまで述べてきたような、いわば可視的、物理的な機能だけにとどまりません。もう一つの重要な機能があります。それは、農山村が、その固有の生活、生産の現場としての営みを通じて、日本文化のいわば基層を形成してきたことです。
 日本文化は、多様であり、しかも地域ごとに変化に富んでいます。しかし、その源は、農業や林業や漁業における生産活動を通して形成されたものが多いのです。自然の豊かな恵みに感謝し、災害や不幸の回避を祈願するなかから、地域ごとの伝統的行事や祭り、しきたりを生み出してきました。そうした行事、祭り、しきたりの蓄積が、それぞれの地域における固有の生活文化を形作ってきたといえます。
 また、それらの蓄積の上に、農産物の生産や加工のワザが生まれてきました。地域固有の資源を、地域のワザで加工し、それを消費することにより、一層、地域ごとに特色のある生活の仕組みや暮らしぶりが形成されてきました。農山村は、このような個性ある地域文化形成の原点だといえます。

図:森林に対する期待の推移

 21世紀を迎えて、レクリエーションやスポーツそして芸術などの分野における活動は、我々にとってますます重要なものとなってきます。多様な文化や豊かな自然をもつ農山村こそ、こうした活動を受け入れる余地をもった絶好な地域であるといえます。様々な芸術活動も、豊かな農山村地域の空間のなかで展開することによって、厚みのある幅広いものになっていくのではないでしょうか。こうした、農山村という地域を舞台にして、より充実した自己実現の可能性が開かれていくのです。そして、このような活動の蓄積が、さらに新しい文化創造を促していくといってよいと思います。

(4)自然を活かす

 21世紀を拓き、これからの日本再生に不可欠な視点は、自然や環境をいかに守り、再生し、新しい生活のなかにどう活かすか、ということではないでしょうか。都市に居住する人々にとっても、自然志向のライフスタイルや環境重視の考え方や行動は、もはや欠かせないものとなっています。
 日常生活においても、豊かな自然を求め、安心できる環境を創ろうとする願いは大変強いものがあります。とくに、今後拡大する余暇時間に対応して、日本人がどのような暮らしを創り出していくかを考えるとき、農山村が保持する自然は、何ものにも代え難い貴重な存在になります。

図:都市住民が感じる都市では得られない(体験できない)農村の魅力(複数回答)

 日本を代表する景観や景勝地といえる国立公園や国定公園の多くも、農山村にその大部分が含まれています。こうした豊かな自然に富んだ農山村や、生活の中に活かされ、美しく手入れされた農地周辺の里山は、国民全体の生活に潤いを与え、余暇時間を過ごし、旅で訪れる格好の対象地となるのです。農山村の住民にとっても、都市住民にとっても、新しいライフスタイルを実現し、創造的な自由時間を過ごす不可欠な場になるともいえます。
 また農山村における農林漁業の現場は、生産の場であるとともに、生活と生産を結ぶ営みの場として重要です。自然の仕組みや営み、そして農林漁業の現状を学ぶ、環境教育や総合学習の場として、その現場を活かすことも今後ますます重要となっていくものと思われます。農山村の地域の現場は、このように都市生活者にとっても貴重な存在なのです。

(5)新しい産業を創る

 農山村という地域は、これからの日本の新しい産業を展開する場としても位置づけることができます。
 たとえば観光やツーリズムの分野があります。日本人の観光行動は大きく変化してきています。団体で名所旧跡を訪ね、温泉地で宴会を開くといった、物見遊山型、あるいは一時(いっとき)豪華主義型の旅行は急速に減少してきました。

図:都市住民の農業体験に関する意識

それに変わって、農山村で自然にふれ、農業も体験して、ゆったりと余暇を過ごすグリーンツーリズムが、すでに多くの地域で取り組まれています。また離島や過疎地域に出かけ、自然や環境の学習をし、野外活動の体験をするといったエコツーリズム、島や漁村に滞在し、海辺での生活を体験するブルーツーリズムも注目を集めつつあります。こうした新しい形態のツーリズムが拡大しています。
 農山村においても、これら新しいツーリズムの動きに対応する取り組みが、実際に数多く生まれています。ツーリズムや環境教育の視点から農林漁業を見直し、それらに産業としての新しい付加価値をつけることも考えられ始めています。また同時に、農山村での自然環境の維持が、こうしたツーリズムなどに関連した、これまでにない産業の展開を可能にすることも十分考えられます。
 超高齢社会の到来を視野に入れれば、自然の営みに富んだ農山村は、これからの保健・医療・福祉といったヒューマン・サービス産業の主要な舞台となる期待も高いのです。高齢者が都市中心部へ回帰する動きがある一方、豊かな自然のなかで定年後の生活をゆったりと送りたいという高齢者の気持ちは依然として根強いものがあります。
 このような高齢者を受け入れ、またこれら高齢者の保健・医療・福祉に関わる施設を運営する場所としても、農山村が持つ良好な環境を活かせることはいうまでもありません。
ハイテク関連産業や情報関連産業も無関係ではありません。農山村地域の豊かな自然環境のなかで、新しい技術開発やソフト開発に取り組んでいる企業も多くあります。試験研究開発機能を重視する新産業を、農山村を舞台に展開する事例や具体的な企業も現れています。バイオ関連産業などは、まさに農山村と密接不可分の新分野です。
 豊かな自然のなかで存分に自由時間を楽しみ、また研究開発にも取り組める環境が、農山村では用意できるのです。才能に富んだ人材を、こうした農山村の自然環境をアピールして呼び寄せることも可能になってきました。
 このように見れば、農山村こそ、これからの社会を活性化していく、新しい産業が展開される有望な場であるといえます。

2 農山村はどう考えられ、どうなっているか

 

 このように農山村の持つ、新しい価値が見出され、役割が見直されるようになってきました。ではこれまで、農山村はどのように見られ、いかに位置づけられてきたのか、農山村の生産活動はいかに難しいのか、そうした面に眼を向けてみましょう。

(1)都市は農山村をどう見てきたか

 都市に住む人々は、農山村に、どのようなイメージを抱いてきたのでしょうか。
 一子相続を基調に強靭な生活のしくみを維持していた日本の農山村も、経済の高度成長のなかで、後継者が都市に流失し、都市から遠い農山村ほど早く過疎化が進行し始めました。しかも耐久消費財をベースにした生活革命に合わせて、より多くの現金収入が求められるようになりました。このとき都市から近い地域では兼業化が進行しましたが、中山間地では建設業や造林事業といった限られた兼業の場しかありませんでした。特に自動車の普及は道路の新設・改修を促進し、こうした建設業に農山村の労働力が集中しました。
 このような流れのなかで、生活基盤における都市との格差意識が生じ、当時の財政状況と国の施策が相俟って、多くの農山村において都市的施設の建設が進められることとなりました。国・地方の補助事業として建設されたこのような都市的施設は、マスコミの報道等もあって、次第に都市の人に知られるようになりました。ただある時期までは、都市の多くの人々が、農山村から流入した人たちであったため、農山村のもつ本来的な困難さに対して共感を抱いていたように思います。

図:今後の生活の仕方における考え方

 しかし、都市二世、三世が増え、しかも都市生活に閉塞感が生まれつつある今日、都市の人々の農山村を見る眼には、従来と違った冷淡さを感じさせる変化が生じてきているように思います。
 けれども、20世紀の終わりになって、わが国でも、かけがえのない自然の価値と、自然と共にある暮らしの価値が改めて再認識されるようにもなっています。農山村とそこにある暮らしには、都市では生み出しえない価値があるということに、都市の人たちが気づき始めたことは重要です。自然と共生し、自然を巧みに使って持続的に営まれている農山村の生業やワザに出会うと、そこに大きな魅力を感じるようになりました。またそのように考える都市の人たちは増え続けていると思われます。
 好ましく維持された農山村の風景には、他に代えがたい美しさと落着きがあります。このように受けとめる人たちは、安全で安心できる食材を、目に見える身近な農山村から供給してもらいたいと考えるようになってもいます。

(2)農山村地域の生産活動には、どのような困難さがあるか

 都市は人間が造った装置です。それに対して農山村は、自然の舞台の上にあり、自然から生産活動をつくり出す場です。わが国の農村には、1000年以上にわたって営々と水田を耕作してきたところが、数え切れないほどあります。複雑な地形を克服し、米づくりをしてきました。その単位面積あたりの収量は、世界的に見ればきわめて多く、味の点でもほぼ完成の域に達しています。
 しかし、実際の農作業は、複雑な土地条件を踏まえ、気象状況を見ながら、きめ細かに行われなければなりません。農地となっている空間がもつ価値を活かし、そこから経済的な成果を生み出すワザは画一的なものではないのです。野菜にしても畑ごとに味が違います。それは時間をかけて育まれたワザで、どこの農村にも名人と呼ばれる人がいるのです。
 しかも、長い間、米の生産を主体としてきたわが国の農業は、多数の兼業農家が、水田中心の小規模農業を行っているため、規模を拡大した中核的な農家が安定した経営を確立するには、多くの困難があります。確かに今はどこの町村にも、水田の大規模経営、花卉栽培、酪農・畜産等において相当の収入を得ている農家がいくつかはありますが、これらはすぐれた資質・意欲に加えて多くの好条件が重なって成立しているものです。誰がどこで試みてもできるというものではありません。
 もっと大規模化を進め、アメリカのような農業経営をやればよいのにと考える人もいるはずです。しかしそれは、限りなく広い大地に大量の農薬と化学肥料を投入して行われている利益のための農業で、身近な人の健康を守る農業とはいえないのではないでしょうか。
 また、食料を単に輸入に頼ればよいという考えの人々には、飢えている国々の多くの人々に食料が行き届いていないがゆえに、国際食糧市場が今の形で成り立っているのだ、ということを想起してほしいと思います。身近で安心できる食糧が得られることの価値を決して軽んじてはならないのです。
 最近、ようやく農山村の多面的機能が理解されるようになってきましたが、このような困難な状況のなかで、かろうじて、それらの機能と美しい農村風景が保たれているというべきです。
 林業は、植林してから50年後にようやく出荷することができるという、超長期的な産業です。そもそも外国からの輸入材が安いのは、誰も手をかけていない天然の木を切って出荷しているだけだからです。世界でわが国のように営々と木を育ててきた国は少ないのです。まさに「木の国・日本」といえます。
 奈良県の吉野林業地の一部に樹齢200〜300年の人工林がありますが、これはもう神々しい存在で、空間を持続的に利用してきたすばらしい例ともいえます。しかしながら現在の林業地域の人工林は、基本的な手入れが出来ず、崩壊の危機に瀕しています。このまま放置すれば、地すべりや水害の多発が懸念されます。酸素の供給やCO2の吸収効果の高い、この林業が関わる空間利用をどのようなシステムのもとで持続できるかは、国民全体の課題ではないでしょうか。

都市と農村の関係(現在強い関係及び今後強まると考えられる)(平成12年、複数回答)

(3)都市と農山村の交流はいかに重要か

 わが国でも、グリーンツーリズム等によって、農山村を舞台に多くの交流事業が行われています。しかし、交流事業の価値を、単に都会の人々に来てもらって、お金を落としてもらうことだと考えるならば、それは交流の本質を見落としていることになります。交流の本質は相互に行き来し、影響し合うことにあります。
 農山村の人々が、都市からの影響もあって、農山村の価値を自ら主張するようになったことこそ、交流の価値にほかなりません。農山村を訪れる都市の人たちは都市との違いにその価値を見出すはずです。
 農山村には自然を扱う多くのワザがあります。自然を巧みに扱って、そこから経済的な恵みを取り出すことは簡単なことではありません。そのワザによって都市にはない美しい空間が保たれているということに感動する都市の人は多くいるはずです。そこから農山村に対する評価がさらに高まることが期待できます。
 都市に育った人のなかからも、交流をきっかけに農山村を支えてくれる人材になることも十分考えられます。小さな山村が都市の小学生を山村留学生として受け入れ、子供たちが地元の人のワザに感動して帰るケースも増えてきました。

3 農山村は、自立に向けてどのようなチャレンジをしているか

 

 都市と違った成立要件をもつ農山村では、様々な困難を持ちながらも、自立に向けて多くの取り組みがなされています。そうした取り組みの考え方や実践とはいかなるものでしょうか。

(1)多様性が活かされてきたか

 日本の国土は、地形的に極めて複雑であるのみならず、南北に長く、気候的にも多様です。わずかな陸地の幅のなかで豪雪地帯と、からっ風の地域が連なるところなどは、世界的にも珍しいのです。しかし、低地に根付いた稲作が高い土地生産性を実現し、多くの人口を扶養してきたために、水田の拡大が同じように追求され、各地方ごとの違いをあまり生み出さなかったことも否めません。このことは九州から東北までの農村集落をよく似たものにさせ、これが米作を中心とした画一的な農業政策が生まれざるを得ない基本的条件となったと考えられます。
 一方、山林においても、戦中から戦後にかけて大変な量の木炭が生産され、山は丸坊主になりました。そこには一斉に杉が植えられました。ここでも画一的にものごとが進んだことになります。
 20世紀の終わりになって、わが国の総人口がまもなく減少を始めることや、過疎化した農山村の人口が回復することは望みにくいことが現実化するにつれて、地域の特徴を活かした地域づくりの必要性が高まってきました。これに都市の人々の中から、農山村が本来的に持っている価値を評価する動きが重なって、同じように都市化をめざすのではなくて、多様性を活かすことに価値があるという認識が高まってきました。
 他と同じになることに価値を見出す思考の強かったわが国の農山村に、他とは違うことに価値を見出す思考が生まれてきたといえます。これは、「均衡ある国土の発展」から「個性ある地域の発展」へと国土開発の考え方が大きく転換し始めたことと軌を一にしています。

(2)どのような内発的な創造が生まれているか

 高度経済成長期に生活水準が上昇するなかで、過疎化した町村が取り組んだのは、まず工場誘致でした。これは、都市よりも不利な条件のもとで都市的な生産の場をつくろうという動きであり、それによって都市に近い所得を持続的に得ることは困難でした。
 本来、都市から遠い場所で都市に近い所得を得るためには、地域にある資源や人材を活用して、都市とは別の経済のしくみをつくるしかないわけですが、それを実現するには、地域の内部から自分たちで考え実行する、きわめて強い創造力が必要です。この困難な作業がようやく各地で実行されるようになってきました。
 地域の違いを価値に変えた、すばらしい地域産業おこしの例をあげることは、今では容易です。このように地域の価値を活かして自然から経済的成果を生み出す方法には、それぞれの地域が違っているだけに、新しい創造的な発想とチャレンジしかありません。そのような努力が、いくつかの地域で実を結んでいます。
 高度経済成長期に、全国の温泉街が宴会歓楽型に流れていくなかで、自分たちのまちの自然と風景を大切に守りながら、静かな休養型の温泉地づくりを進めてきた例もあります。これも、農山村が都市とは異なる考え方と存立条件に立脚するという認識のもとに、地域づくりを進めた成果と考えられます。そうした地域が交流人口を増やしてもいます。

(3)空間を二重三重に使う

 農山村で自然から経済的な成果を生み出すには、もともと多大な困難を伴います。したがって、たとえば農地という空間を農業だけに使っていては、そこからレベルの高い生産力を取り出すことはできません。
 二毛作や野菜栽培における短期の輪作も、農地を二重に使ってきた例ですが、今の時代、農山村にしっかりした所得がもたらされるためには、産業区分をこえた空間の多重的な使い方を工夫する必要があります。
 しっかりと使われている農地には、本来的な美しさがあります。そして都市とは違う時間の流れの中で展開している人々の暮らしには、ドラマがあります。このような農村空間における人の生きざまを、映画やテレビドラマに仕立てたり、美しい農村風景を素材として写真家が写真集を発行したりすることも、空間の新しい使い方です。そのように巧みな発信が行われると、そこには多くの人が訪れるようになります。そのことが時代にあった宿泊施設の立地につながり、そこで地元の農地から生まれた食材が評価されるようになれば、さらに経済的な活力が派生してきます。
 様々なワザを持つ地元の農家の助けを借りて、常設でグリーンツーリズムの学習の場をつくる試みもすでに行われています。交流から一歩進んで、これが一種の研修ビジネスとして成立することも十分考えられます。いま脚光を浴びている農村地域でも、20年前には、観光資源もない村に多くの人が来訪することを誰も予想できませんでした。
 少ない人数で農山村という空間を巧みに使うことによって、一人ひとりの経済的な成果を多くすることこそ、農山村における生活の原理です。そのためには、農・林・漁・商・工の各産業の担い手が、互いの垣根を低くして協力・連携し合い、地域の持つ潜在的な価値を引き出していく必要があります。このような試みが積み重なって農山村が自立に向かう更なる展望が開かれるといえます。

(4)複合的な取り組みが新しいものを生み出す

 農山村においては、都市部と比べれば圧倒的に少ない人口で広大な空間を管理し、そこから一人当たりの取り分の大きい経済システムを構築していかなければなりません。
 過去にあったような、小規模な農家がみんなで同じような農業をやっていては、現代生活を支える生産力が生まれません。ですから、兼業化がここまで進んだともいえます。近年では、農業の後継者難もあって、集落営農などが工夫されています。全国的には農地を売ろうとしない農家がまだまだ多いため、平野部では受委託耕作によって経営規模を拡大した農家や企業的な農業経営もかなり見られるようになりました。しかし、規模拡大だけでは、ほんの一握りの農家が生きていけるだけです。中山間地では、地形が複雑で、規模拡大すらも難しくなります。このような中で一人当たりの所得や生産の多い経済システムをつくるには、複合的に取り組むしかありません。
 そのためには、核になる産業のまわりに、多くの要素を取り込んで仕事の量を増やし、関係する人の取り分を増やすことが、農山村の産業の基本的な方向ではないでしょうか。ここから6次産業という言葉が生まれ、そこでは1次産業の枠内にとどまらず、産物を加工して付加価値をつけ、流通・販売までをも取り込もうとしています。
 都市からかなり遠隔の地で、新しい複合的な生産組織がいくつも育ちつつありますが、ここには、町村行政が大きくかかわっているケースが多いのです。町村では、身近にある資源や人材が、日ごろから情報として行き渡っています。役場職員と農協職員、さらには森林組合や民間企業の職員や従業員の間に付き合いがあります。ある産業活動に新たな付加価値を生み出し、複合的に生産力を拡大しようとするとき、これらの組織が直接かかわりあって新しい協働のしくみを立ち上げることができれば、そこに大きな発展の可能性がでてきます。

 

2 町村は農山村を守り、発展させていくことができるか


 

1 農山村をどのように豊かな生活空間にしていくか

 

 農山村で暮らす人々の生活の質を高め、そこでの活動を活気あるものにする仕組みをどのように創るのか。地域間の連携の重要性にも焦点をあてて、農山村をいかに豊かな生活空間にするかを考えてみます。

(1)生活サポート機能を高度化する

 農山村を居住の場としてより充実したものにするためには、産業の活性化だけでは十分ではありません。とくに現代のような情報化時代においては、生活基盤をいかに整備し、生活サポート機能をどのように高度化するかが大きな課題です。とくに、人口の少ない中山間地域や離島においては、このための独創的な工夫が不可欠です。
 平成10年3月に閣議決定された全国総合開発計画は「21世紀の国土のグランドデザイン」と名づけられましたが、そこでは、小都市と農山村からなる空間を「多自然居住地域」と呼び、経済成長時代の都市化型の発展とは別の型の発展をめざす地域と位置づけました。
 いかに能力があって山村や離島で高収入が得られる産業を確立しえたとしても、病気になったときに、十分な医療も受けられないようでは安心して生活することはできません。小さな離島で漁業が栄えていても、学校がなければ子供たちは暮らせません。海外旅行に行きたくても、一般的な団体旅行の情報しか得られないようでは困ります。パソコンのハード機材やソフトを買うのに、2時間の道を往復するのも不便です。このように現代に普遍化されつつある医療・教育・福祉・情報などにかかわるサービスや消費の機会がたやすく得られることを、先のグランドデザインでは「必要な都市的なサービスの享受」といっているのです。
 このような機能の提供に関して、人口の少ない農山村では、自然発生的な経済の流れに任せるだけでは、どうしても不十分になります。それぞれの町村が住民と十分議論し、住民の納得のもとに、高レベルの生活サポート機能を支えていく必要があります。

図:主な生活関連施設の状況(平成11年3月)

(2)住民組織の意味を再発見する

 わが国の町村は、歴史的には「藩政村」と呼ばれた多数の農村集落を基礎単位としています。これまでの町村合併を経ても、この基本は変わらず、住民はそれぞれの集落ないしは地区に対して強い帰属意識をもってきました。
 そして、それぞれの集落を運営するための「寄り合い」と呼ばれた会議は、いまも基本的に残っています。全員参加で代表を決め、集落の運営のための経費をどのように負担しあうか、また、諸行事をどのように運ぶかというようなことが審議され、住民が身近な自分たちの地域の活動を担うという、本来の意味での自治の営みがありました。
 高度経済成長とともに財政規模が拡大し、町村が大きな事業を立案して、直接地域整備に大きな予算を執行するようになるなかで、かつてのように人々の行動は集落の中に閉じこもってはいません。しかも少子高齢化が進んでいる今日、地域の生活を支えあうには、かつての集落よりも大きな基盤が必要だと思われます。少なくとも旧村とか小学校区程度の大きさで、地域社会のしくみをどう作り替えていけばよいかを議論する新しい「寄り合い」の場が必要です。これが盛り上がっていけば、町村全体で、まちづくり会議が成り立つようにもなります。
 充実した生活には、レクリエーション・スポーツ・文化芸術的な要素も必要です。これも、過去の人間関係だけに寄りかかっていては生まれてきません。集落や町内会の全員参加型の発想から脱して、それに打ち込める人を広く募り、大いに意欲と能力が発揮できる組織を育てるべきです。そうなれば、UターンやI ターンで新しく入ってきた人たちも、いろいろな場で力を発揮することができ、都市の人が感じる心理的な壁もなくなっていくに違いありません。

(3)地域間連携の力を発揮する

 町村は比較的小規模な自治体であるため、身近に、どこまで高度な生活サポート機能を用意できるかという点では限界をもっています。たとえば小さな町村で高度な機能を備えた総合病院を維持することは、なかなか困難です。このような問題の解決には、ある機能の確保について、複数の市町村が連携して支える方法が有効です。
 例えば、ごみ処理や消防などについては、早くから一部事務組合によって処理されてきています。近年、市町村が介護保険法上の保険者となったために、その業務に関連し全国で多くの広域連合が組織されました。小さな町村で個別に介護認定業務等を行なうのは容易なことではないからです。市町村は、学校教育・生涯学習・スポーツ・音楽などの分野で、さらに高レベルの機能を用意するにも地域間連携は欠かせなくなります。
 市町村間で連携を求めることには、違う立場にある自治体が共通の益を求めて議論を進める際に、人が育つという意義もあるのです。新たなテーマを求めての町村の枠を越えて議論し、共同作業を行なうことによって職員は成長します。町村職員が前例のない課題を得て、それまでにはない挑戦能力を身につけることは、役場にとっても農山村にとっても、むしろ不可欠なことです。

2 町村の力は、どう発揮されるのか

 

 地域のもつ資源を活用し、時代の変化に適応するよう地域を主体的に変えていくためには、町村は、いかなる力を発揮できるのでしょうか。しかも、そこに小規模自治体であることの優位性を見出すことができるのでしょうか。ここでは、この問題を、自然の保全、地域産業の活性化、住民自治の展開という三つの側面から考えたいと思います。

(1)豊かな自然を地域の誇りとして守り活用する

 農山村は自然と人間との戦いの最前線ですが、近年、環境問題に対する社会的な意識の高まりを背景にして、地域の誇りとして自然を守り育てようという機運が、従来にも増して町村の間に生まれています。
 例えば、昆布漁に重大な影響をもたらした磯焼け対策として植林を行ってきた例、河川改修に近自然工法をいち早く導入した例、コンクリート擁壁の代わりに樹木帯を造ることにより土砂崩壊防止を図っている例、1000年にもわたり地域の地形と水循環を守ってきた棚田を保全している例、などがそれです。こうした取り組みは、自然環境との共生のなかでこそ生まれた、創造力豊かな地域づくりの実例なのです。
 農山村が自ら誇りうる価値として自然を認識し、改めて自然の豊かな恵みを活用して住民の生活の質を高め、都市住民との交流によって地域活性化を目指そうとするならば、これまでのような地域開発の方法に反省を加え、新たな自然との共生の道を探ることは、今後の町村行政にとって必要不可欠であるといえます。とくに、地域の環境を知り尽くした人々によって、環境保全が行われるという点で、町村に対する期待は大きく、その責任は重いと考えます。

(2)資源を活用し元気産業を創出する

 農林漁業の維持・振興策は町村行政として重要な課題となっています。町村自治の仕組みと農林漁業の仕組みがしっかり結びつかなければ、農山村を維持していくことはできないからです。
 農林漁業が輸入品と競合し、就業者の高齢化等によって構造不況化が進展しているなかで、地域の活力を守るためには、町村が産業政策に積極的な関与をせざるをえない状況に至っています。そして実際に町村が積極的な内容のある関与を行っている地域では、めざましい成果を上げ始めています。
 成功しているケースを見ると、以下のような、さすがは町村だと思わせる創意工夫を行っています。
(1) 地域の産業の将来に対する不安を行政と住民が共有し、対策を進めた
(2) 地域に元々ある資源や技術を有機的に結びつけ、新たな価値を吹き込んだ
(3) 個別産業だけでなく、他の産業をも巻き込んだ
(4) 歴史や生活文化まで取り込む総合的視点で地域独自の産業展開を考えた
(5) 地域の独自性を生かして大都市の市場や住民を相手にアピールする産業を展開している
 このようなきめ細かな目配りに基づく産業政策の担い手として、町村にかけられる期待と果たし得る役割は大きいといえます。また、いわゆる「顔が見える規模」の町村の産業であるからこそ、大都市の需要を開拓し、それに結びついた時に戻ってくる経済効果は大きいといえます。
 農山村の活力の低下は、若者が地域に少なくなったことにも起因しています。従来のような産業誘致による地域振興策は難しくなっており、総合的な視点で地域の資源やワザを組み合わせて、新しい産業を興すというような仕事であれば、若者が挑戦すべきフロンティアとしての可能性が十分にあります。さらに、こうして自らが主体的に開拓する仕事と、農山村の豊かな自然を活かした生活等を組み合わせて、自分の生活をデザインすることまで考えれば、農山村は、国際社会や大都市に勝るとも劣らない若者たちの新たな活躍の場になります。

(3)小規模自治体の特性を発揮する

 集落の人たちが集まって協議し、地域の問題に対する対応や地域の将来を考えるところから、自治が始まります。このような自分たちの将来に関する自己決定権を地域に残す上で、小規模自治体が存続することが支えになる可能性が大きいと考えられるのです。
 また、悪循環に陥っている農山村の活力低下に歯止めをかけるためには、集落や時には個人に対してきめ細かい対策が必要です。こうした面を考えると、集落はもちろん、個人の顔まで認識することが可能な規模の町村であることのメリットは大きいのです。きめ細かい対策を、それだけ採りやすいからです。
 例えば、山間の狭い農地における作業環境を改善するため、国の基準に満たない規模の圃場整備事業を簡略化した方法で進め、工費も工期も大幅に節約するという効果を上げている例は、農家のために強い信念を持って事業を進める自治体の一つの好例であるということができます。
 農山村が活力を持つためには、地域のなかで住民一人ひとりが自分の生活を設計することが必要です。その力を高めるための人材開発事業を展開し、考えられた生活設計を活かすための助成を行なっている例もあります。農家の若い女性が生き生きと暮らすための知恵やワザを学ぶための海外研修事業や、現に生き生きと暮らしている人々を表彰する顕彰事業などがそれです。小さい町村であるから、研修の効果が住民の目に良く見え、また一人ひとりの活動のもたらす波及効果も大きいのです。

3 町村には、どのような改革が求められているか

 

 自治体としての町村が存続することの意義は、町村が自立的に発展できるという可能性と表裏一体をなしています。町村が自立的に発展するためには、これからどのような改革が必要なのか、その方向性を考えてみます。

(1)政策の優先順位を地域の手に取り戻す

 これまで、町村は自主財源に乏しく、事業を起こすに当たって、国、都道府県の補助金及び起債に依存せざるを得ず、資金確保の目途が立ったものから優先して事業を進めてきました。こういった事情から地域内のニーズに基づいて政策の優先順位を定めることは困難でした。
 しかし、町村の政策は、生活者としての住民の起点から、地域生活の質を高めることに重点を置くものであることが望まれます。とくに緊急性のある課題は何で、解決のためにはどの事業から手をつけるべきか。そのためにどの事業をあきらめなければならないかなどを、比較考量しながら適切な政策選択を行なっていくことが、基礎的自治体としての町村に課せられた責任であるはずです。このためにも、町村の自主財源の充実・強化が必要欠くべからざる要件です。
 また、この責任を果たす上では、地域を見渡すことができ、住民のニーズを丹念に捉えることが比較的に容易で、政策間の調整も図りやすいという点で、町村は優位な立場にあります。

(2)地域活性化ビジョンをもち、政策を展開する

 地域活性化のためのビジョンは、地域の内から創られてしかるべきです。地域のことを最もよく知っているのは地域住民であるからです。時に地域外からの意見やアドバイスを採り入れながらも、地域の課題を知り地域の資源を確認し、夢を加えて地域のビジョンを創り上げるのは地域住民の義務であり権利であると考えます。これによってはじめて、全国画一的な政策展開ではなく、農山村の個性を活かす政策展開が可能となります。
 たとえば、「農」を業としてのみ捉えるのではなく、地域の文化や教育、福祉など多面的な機能を果たすものとして捉え、また地域の環境を守り育てる担い手として考える中から、地域の農業ビジョンを創り、それを目指して農業者はもとより農協等地域の産業団体、一般の住民とも連携して政策を展開することが可能なはずです。
 産業ビジョンに限らず、独自の環境ビジョン、教育ビジョンをもつことも大切です。町村行政は、総合性と計画性に基づいて、主体的に展開されてこそ、地域を全体として発展させていくことができます。

(3)住民参画を拡充する

 町村では、「顔が見える規模」であるという利点を生かして、情報の共有と住民参画の徹底を図り、住民と行政の新しい協働システムを構築することが可能です。住民参画のシステムには、情報公開と行政の説明責務(アカウンタビリティ)が不可欠です。行政が個々の施策の意図を住民や外部に向けて説明し、責任の所在を明らかにすることは、民主的な町村行政の基礎です。このような考えかたは、従来の行政のやり方に変革をもたらす可能性があり、それだけに取り組みには困難も予想されますが、いまや避けて通れない方向といえます。
 新しい住民と行政の協働システムの構築を進めることにより、住民は行政に対する不満や要望ばかりを主張するという段階を乗り越え、自分たちでできることは自分でやるという体制ができていきます。
 住民参画に取り組む町村は、様々なコミュニティを大切にする姿勢を問われます。そこでは、集落などの地縁的コミュニティに限らず、むらづくり・まちづくりに関心をもつグループはもとより、環境問題、子育て、福祉、地域の歴史や文化、スポーツなど、様々なテーマ・コミュニティを含む地域の組織が、どのような問題意識や要望、活動の力をもっているかを把握し、それらを活かし、潜在力を引き出すようなシステムが必要です。最近、様々な分野で非営利の公共的活動を展開し始めた民間団体(NPO)との連携も、このような考えのもとに進めていくことが望まれます。

(4)地域を拓く人材を育て活用する

 農山村地域における町村の中でも自立志向が強く活力を発揮している町村には、必ず地域における時と所の関係性を見抜き、適宜適時に有効な意思決定を行なっているリーダーが存在します。
 そのような人材は、地域によって多様ですが、いずれにしても町村は一般的に小規模であるからこそ、人で動く可能性が大きく、また個人やグループによる工夫による波及効果が大きいといってよいと思います。地域を拓く人材を育て活用することの重要性は明らかです。
 農山村には人材が乏しいと言う人がいますが、現代社会において農山村に踏みとどまり、そこで生き抜こうとする気概を持つ人材は、かえって農山村のなかに比較的多く見出されるようになってきました。自然とのつき合い方を徹底的に学ぶことも、高齢化の状況を逆手にとって世代間の知恵の伝達を濃密に行なうこともできるのです。
 高度に分業化された企業の中などでは果たし得ない、自分の力で何かを始めから終わりまでやり抜くという貴重な経験を積む機会も得られるでしょう。むしろ人材を育てる場として農山村は好条件をそなえています。
 もともと農山村における女性は、地域を支える活力源でした。しかし性別役割分担意識が強いなかで、男性を優位に扱う社会慣行が根強く行なわれてきました。今日、男女共同参画社会の実現にむけて、男女が対等な立場で、その個性を認め合いながら協力する時代を迎えています。こうした考えの下で男女が力を合わせて地域を担いうるような人材活用策が必要になっています。

3 揺るぎない国民的合意にむけて−町村の決意と訴え−

 

 平成12年4月の地方分権一括法の実施に伴って、わが国の自治体は、自己決定・自己責任の原則の下、それぞれに個性ある地域づくりにむけて創意工夫を発揮することを強く期待されています。しかし、折悪しく、国地方を通ずる財政の危機的状況はその深刻さの度合いを深め、さらに、年を追うごとにその厳しさは増していくものと予測されています。
 自治体が国に救済を求めても、もはや国にはこれに応える余裕はほとんどなさそうです。これを慨嘆しても仕方ありません。行政サービスの取捨選択の方途を地域住民に問いかけつつ、徹底した行財政改革を進めなければなりません。現在、全国的に推進されつつある自主的な市町村合併も、そうした努力を結実させるための有力な選択肢の一つであると思います。合併を国等から言われるからではなく、それが区域の再編という住民にとって最重要事項であるがゆえに、すべての町村は、文字通り、まなじりを決し、熟慮・検討して、自らの将来を選択すべきだと思います。
 町村としては、こうした時代の不可避の要請に果敢に応えつつ、以下の諸点に関し決意を表明すると同時に、広く各界に理解と支持を強く訴えたいと思います。

(1)農山村の自立にむけて

○農山村の良さと価値を再認識し、美しい地域を創っていく  農山村における集落と農地と森林などが見事なコントラストを描き、美しいたたずまいを見せ、そこに住む人々が、自らの地域に誇りと自信をもっている、そうした農山村は全国民の財産であると考え、町村は、住民と協働して、農山村の美しさにみがきをかけ、そこで生き生きと暮らす様子をきちんと情報発信していきます。
○地域を重層的に活用していく
 農山村では農業や林業だけに頼っていては、農地や森林から高い経済性、生産性をあげることはできません。地域を二重、三重に使ってより多くの収益をあげる方策を模索していきます。町村は、農山村にしっかりとした所得をもたらすため、異業種・異集団を横につなげる組織化に特段に意を用い、産業区分をこえて地域を多重的に使いこなしていきます。
○自然との共生を確固たるものとし、地域再生に取り組む
 従来の開発方法に反省を加え、自然との共生の道を確固たるものとすることは、今後の町村行政にとって前提条件であると考えます。町村は、地域の自然環境を知り尽くした現場の人たちと協働して、自然と人とが持続的に共生しつづけられるよう先駆的、先端的な事業に取り組んでいきます。

(2)町村自治の充実にむけて

○地域に根ざした産業政策の担い手になる
 農山村の主産業である農林漁業は、地域の環境や景観と密接不可分です。それゆえ農林漁業の維持・振興のための施策は、町村行政として必要不可欠な課題です。しかも、町村における自治の仕組みと農林漁業の振興の仕組みが有機的に連携をしなければ、農山村を維持・発展させていくことはできません。町村は、いかに難しくとも、地域の産業政策を調査・企画立案する主体としての役割を果たしていきます。
○小規模のメリットを活かす
 町村の優位性は、小規模であるがゆえに、地域全体を見渡し、住民ニーズをきめ細かく捉え、施策間の調整を図りやすいという点にあるといえます。町村は、このメリットを活かした行政を展開して、土と食と住と人の魅力的な結合を創り出し、他には見られない独自性を発揮していきます。
○最初の政府としてのあり方をめざす
 町村は、住民が最も接近しやすく、どこよりも住民の声が届きやすいという意味で「最初の政府」といえます。その特色は、身近さ、現場性、透明さ、先端性にあるといえます。町村は、その責任を全うするため、情報公開と住民参画を一層促進することによって、無駄を省き、受益と負担の関係を明らかにしながら、地域生活の質を高める政策を精選していきます。

(3)農山村と町村の自立支援にむけて

○都市と農山村の共存を求める
 改革の時期には、ともすれば利害の対立を強調する誘惑に駆られやすいのですが、先進諸国で定着してきた内政の基本からみても、都市と農山村を対立して捉える発想は、日本の国内だけの閉鎖的な議論ではないでしょうか。山と川と海が生態系として結びついていること一つを見ても、農山村が滅びれば、ついに都市は滅びることになるのではないでしょうか。農山村の多面的な価値を大切に考え、都市と農山村の共存を揺るぎない国是とすべきです。
○多様性の容認を求める
 農山村の価値と町村の存在意義を認めることは、日本の国土と自治の多様性を大切に考えることではないでしょうか。「まほろばの国、木の国・日本」という発想を軽視し、全国を市制化で覆い尽くしてしまえば、日本文化の多様性そのものが滅んでしまわないでしょうか。都市とは異なる存立条件で成り立つ農山村の重要性に改めて眼を向けるべきです。
○新たな町村制の制度設計を求める
 いまも都市化の流れは強く、地方自治制度の運営は市の多様化と強化(政令指定都市・中核市・特例市と事務権限の移譲)に向かっています。しかし、農山村地域に所在する町村は、全国画一的な自治制度の下で多くの事務を義務づけられ、しかも自主財源が乏しく、国等からの移転財源が減少していく中で、ますます苦境に追い込まれる可能性があります。農山村の多面的な価値を守り、町村の持ち味が発揮できるような、事務と財政の新たな自立支援の仕組みが必要です。