第4章 分権改革の更なる飛躍を展望して
 
 委員会が推進してきた今次の分権改革は、既に第1章で述べたように、第1次分権改革というべきものにとどまっている。この未完の分権改革をこれから更に完成に近づけていくためには、まだまだ数多くの改革課題が残っている。
 これらを大きく分類すれば、以下の6項目に整理することができると考える。
 
T 地方財政秩序の再構築
 
   まず第1に、地方財政秩序を分権型社会にふさわしい新しい姿に再構築することである。
   分権型社会にふさわしい新しい地方財政秩序を再構築していくためには、今回の委員会の提言に示されている基本的な方向、すなわち、自己決定・自己責任の原理を地方税財政の領域にまで推し広げて地方公共団体の財政運営の自由度を高めるとともに、地域住民から見てもその受益と負担の関係が分かりやすい税財政構造に改めることをもって、改革の大方針としなければならない。
   このためには、現行の国税と地方税の税源配分を改め、地方公共団体の自主財源である地方税収入を充実し、その反面で国からの財政移転に依存した依存財源の規模をできるだけ縮減していかなければならない。その際、依存財源のなかでも、使途の特定された財源であるところの国庫補助負担金の縮減を優先し、ついで使途の特定されていない一般財源であるところの地方交付税の縮減を図る方途を探っていく必要がある。
   地方公共団体は、自主財源である地方税収入についてその税率設定権を含む課税自主権を積極的に行使し、行政サービス水準と地域住民の地方税負担のバランスの当否を地域住民に問いかけていくべきである。わが国のこれまでの地方自治は、国の地方税法に定められた法定税をその標準税率で課税して得た地方税収入に、国から配分される地方交付税収入や国庫負担金収入、国に申請し交付を受けた国庫補助金収入などを追加した歳入の総額を、いかなる行政サービスに配分するかという「歳出の自治」にのみ専念してきた観があるが、これからの分権型社会の地方自治は、地域住民にどれだけの地方税負担を求めるのかという「歳入の自治」まで含むものでなければならない。
 
U 地方公共団体の事務に対する法令による義務付け・枠付け等の緩和
 
   ついで第2に、地方分権を実現するには、ある事務事業を実施するかしないかの選択それ自体を地方公共団体の自主的な判断に委ねることこそが最も重要であるため、地方公共団体の事務に対する国の個別法令による義務付け、枠付け等を大幅に緩和していくことである。
   第1次分権改革の主要な成果の一つは、国の通達等による関与を大幅に緩和したことであるが、国の法令等(法律・政令・省令・告示)による事務の義務付け、事務事業の執行方法や執行体制に対する枠付けの緩和については、ほとんど全く手付かずに終わっている。地方公共団体の事務を文字どおりそれらしいものに変えていくためには、国の個別法令による事務の義務付け、事務事業の執行方法や執行体制に対する枠付け等を大幅に緩和する必要がある。
   また、自主財源である地方税収入をこれまで以上に充実確保したとしても、その反面で国からの依存財源が縮減され、しかも国による事務の義務付けは従前どおりに続くことになれば、地方税収入はこれをすべて国から義務付けられている事務の執行経費に充当せざるを得ないことになりかねない。これでは、地方公共団体には単独事業を行う余裕がなく、独自の個性的な自治体政策を展開することは不可能になる。
   さらに、国からの依存財源を縮減する方策の一環として地方交付税の大幅な減額を行おうとすれば、義務的経費の縮減を図らなければならない。そのためには、これに先立って国の法令による事務の義務付けや事務事業の執行方法や執行体制に対する枠付け等を大幅に緩和することが不可欠である。それには、全国どこでも一律に最低限度確保されるべきナショナル・ミニマムとは何かを、個別行政サービスごとに厳しく見直す必要がある。その判断基準はその時代時代の社会状況によって変わり得るものであり、不断の見直しが求められるものだからである。
 
V 地方分権や市町村の合併の推進を踏まえた新たな地方自治の仕組みに関する検討
 
   第3に、平成17年3月までの時限法である市町村の合併の特例に関する法律(昭和40年法律第6号)に基づいて進められている市町村合併の帰趨を慎重に見極めながら、道州制論、連邦制論、廃県置藩論など、現行の都道府県と市区町村の2層の地方公共団体からなる現行制度を改める観点から各方面においてなされている新たな地方自治制度に関する様々な提言の当否について、改めて検討を深めることである。
   委員会は当初、地方分権推進法の制定以前の段階において隆盛を極めていたいわゆる「受け皿論」をこの際は一時棚上げにし、当面は現行の地方自治制度を前提にして、この体制の下で可能なかぎりの分権を推進することを基本方針としていた。地方分権推進法の制定に至るまでの論議の過程で、その旨の合意が関係者の間に概ね成立していたと理解していたためであった。
   しかしながら、市町村合併については分権改革と同時並行して推進すべしとする声が各方面で高まるばかりであった。そこで委員会としては、第1次勧告を提出した時点、すなわち機関委任事務制度の全面廃止が政府内で合意が得られる見通しが立った時点で、市町村合併問題を地方行政体制の整備及び確立方策の重要な一環として調査審議のそ上に載せることとし、第2次勧告において市町村の自主的な合併の積極的な促進方策を勧告したところである。
   これから平成17年3月までの間に市町村合併がどの程度まで進捗するのかによるが、その帰趨によっては基礎的地方公共団体である市町村のあり方にとどまらず、広域的地方公共団体としての都道府県のあり方の見直しも視野に入れた先に述べたような新たな地方自治制度に関する様々な提言がより現実性を帯びてくる可能性がある。そして、分権改革が次の第2次分権改革から更に第3次分権改革へと発展する段階になれば、地方自治制度の将来像を明確にする必要に迫られるのではないか。
 
W 事務事業の移譲
 
   第4に、ヨーロッパ先進諸国に普及しつつある「補完性(subsidiarity)の原理」を参考にしながら、市区町村、都道府県、国の相互間の事務事業の分担関係を見直し、事務事業の移譲を更に推進することである。
   すでに第1章で述べたように、第1次分権改革では事務事業の移譲方策の側面ではあまり大きな成果を上げられなかった。しかしながら、ヨーロッパ評議会が制定したヨーロッパ地方自治憲章や国際自治体連合(IULA)がその世界大会で決議した世界地方自治宣言では、事務事業を政府間で分担するに際しては、まず基礎自治体を最優先し、ついで広域自治体を優先し、国は広域自治体でも担うにふさわしくない事務事業のみを担うものとするという「補完性の原理」の考え方が謳われている。
   わが国の事務事業の分担関係をこの「補完性の原理」に照らして再点検してみれば、国から都道府県へ、都道府県から市区町村へ移譲した方がふさわしい事務事業がまだまだ少なからず存在している一方、これまではともかく今後は、市区町村から都道府県へ、都道府県から国へ移譲した方が状況変化に適合している事務事業も存在しているのではないかと思われる。分権改革というと、事務事業の地域住民に身近なレベルへの移譲にのみ目を向けがちであるが、分権改革の真の目的は事務事業の分担関係を適正化することにあるのである。
 
X 制度規制の緩和と住民自治の拡充方策
 
   第5に、住民自治の拡充方策として、地方公共団体の組織の形態に対する地方自治法等による画一的な制度規制をどの程度まで緩和することが妥当なのか、真剣に議論することである。
   地方六団体から委員会に提出された改革要望事項のなかには、地方公共団体の組織の形態に関する画一的な制度規制の緩和を求めるような趣旨のものは皆無に近かった。委員会もまた、団体自治を拡充することこそ住民自治を拡充するための先決要件であると考えてきた。その結果、第1次分権改革では住民自治の拡充を直接の目的にした勧告事項はごく少数にとどまった。
   しかしながら、最近は、地方自治基本法の制定を提唱する動きや地方公共団体で自治基本条例の制定をめざす動きが一部に現れ始めている。この種の動きのなかには、米国に見られる自治憲章制度(Home Rule Charter System)に類似した発想、すなわち、地方議会議員の選挙制度及び定数、地方議会と首長の権限関係、執行機関のあり方など地方公共団体の組織の形態やその他の住民自治の仕組みを自由に選択する権能を地方公共団体に与えるべきだとする発想が窺われる。
   わが国の地方分権が更に進展した状況においては、地方自治法等による画一的な制度規制の緩和を求める声は次第に強まるのではないか。第3次分権改革では、おそらく、住民自治の拡充方策が最も中心的な検討課題になるのではないかと見込まれる。
 
Y 「地方自治の本旨」の具体化
 
   最後に、憲法第8章第92条の「地方自治の本旨」の内容を具体化し、分権型社会の制度保障を確固たるものにする方策を構想することである。
   憲法に第8章地方自治が新設されたことはまことに画期的なことであった。しかし、その限界面にも目を向けなければならない。何よりもまず、この第8章には第92条ないし第95条のわずか4か条しか設けられておらず、先のヨーロッパ地方自治憲章や世界地方自治宣言に定められている地方自治の諸原理に照らせば、そのごく一部しか定められていない。一例を挙げれば、この第8章には地方公共団体の税財政制度を規律する基本原則を定めた条項は皆無である。
   しかも、その冒頭の第92条では、「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める」とされていることから、地方自治制度の制度設計はあげて国会の立法に委ねられているかのような誤解を招きかねない。もとより、これは正しい憲法解釈ではあり得ないのであって、この条項の元来の主旨を生かすべく、「地方自治の本旨に基いて」を重視する憲法解釈がさまざまに積み重ねられてきた。そしてまた、このたびの地方分権推進一括法で改正された新地方自治法の第1条の2においては、国として、地方公共団体に関する制度の策定及び施策の実施に当たって、地方公共団体の自主性及び自立性が十分に発揮されるようにしなければならない旨を定め、また第2条第11項及び第12項においては、地方公共団体に関する法令の規定は、国と地方公共団体との適切な役割分担を踏まえるべき旨を定めるなど、いわゆる立法原則及び解釈・運用原則が新たに織り込まれ、「地方自治の本旨」の意味内容を豊かにする方向でそれなりの努力が払われてきている。
   しかしながら、はたしてこれで万全なのであろうか。分権型社会の制度保障をより一層確固たるものにするには、この種の立法原則を更に一段と豊かに具体化していく必要があるのではないか。そうであれば、それはどのような立法形式によるべきなのであろうか。これこそ、将来の分権改革に託された究極の検討課題であろう。
 
 
お わ り に
 
 委員会は、第5次勧告を提出して以降、ほとんど専ら監視活動に従事してきた。この監視活動はきわめて地味で根気を要する作業であり、これにはマス・メディアの関心も高いとはいえず、その成果が広く世間に報道されることも少なかった。しかしながら、この監視活動が行われてこなかったとすれば、第1次分権改革の完全実施などおよそ望むべくもなかったと言っても、決して過言ではないであろう。委員会は、みずからの体験をとおしてこのことを痛感した。
 地味ではあるが根気を要するこの監視活動を支えてきたのは委員会事務局の職員たちであった。職員の地道な補佐、補助なしに、委員会の監視活動が成果を上げることはあり得なかった。委員会の解散を前にして、歴代の事務局職員に深く感謝の意を表したい。
 
 政府においては、すでに委員会の解散に備え、後継機関の設置に向けた準備が着々と進められていると聞く。まことにわが意を得たことで、その判断に深く敬意を表する次第である。第2章の末尾および第3章の末尾に述べておいたように、第1次分権改革を完全実施するためには引き続き監視を要する若干の事項が残存している。これに加え、地方税財源の充実確保方策に係る委員会提言を地方分権推進の視点に立って更に具体化し、第2次分権改革を始動させていくためには何らかの専門的な検討機関の設置が望まれるからである。
 この後継機関の設置に関して、委員会の体験に基づく助言を申し述べることが許されるならば、今後の監視活動を引き続き実効性のあるものにするために後継機関に独立の事務局を設置すること、そしてこの後継機関と地方公共団体の間の意志疎通を円滑なものにするためにこの事務局の職員に地方公共団体からの派遣職員を加えることを強く勧めたい。
 
 委員会の発足当初の委員7名のうち、長洲一二氏と山本壮一郎氏の両委員が在任中に逝去された。
 「燈燈無盡」と「耕不盡」はそれぞれ両氏の座右の銘であった。その意を偲び、本報告の結びに代えたい。委員会がここまで掲げてきた分権改革の灯火が志を同じくする人々に次々と受け継がれ、やがてこれらの無数の灯火が万灯篭のごとくに延々と連なり、分権型社会への道筋を明々と照らし出すことを、そして、分権改革の成果が各地域で深く耕され、将来のわが国に豊かな稔りをもたらしてくれることを切望してやまない。

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