第16回地方分権時代の条例研究会の議事概要



1 幼保一元にかかる条例について

   (事務局説明)

(1)地方自治体における幼保一元にかかる取組について(国の関与のあり方も含めて)

○資料1−1に、「同一施設型」という分類があるが、実態としてはどういうイメージなのか。同じ建物のなかに子どもたちがいて、完全に融合しているということか。 

  →(事務局)保育所と幼稚園の両方の認可をとって、形式上、1〜3歳児は保育所、4〜5歳児は幼稚園に入れるというかたちで年齢で区分しているが、育成については、保育所保育指針と幼稚園教育要領を融合したようなかたちの区独自の一貫した育成方針をたてて、これにもとづいて実施している。

○4〜5歳児でも保育を必要とする場合の対応はどうなっているのか。 

○4〜5歳児で保育所的機能を希望する人に対しては、幼稚園の預かり保育を長時間認めるというかたちで対応しているのではないか。保育所への入所手続きをとらなくても、幼稚園で希望者に預かり保育をするというサービスは可能であるし、こうすれば事実上保育所に入所したのと同じことになろう。 

  →(事務局)品川区の「二葉すこやか園」は、まさにそのようなかたちで対応している。千代田区の「いずみこども園」でも同様の対応。参考資料2に、千代田区立こども園条例を載せているが、こども園という一元化したかたちをとっているものの、保育所、幼稚園という国の二元的なものに引きずられてしまっているかたちになっている。特徴としては、保育所保育指針と幼稚園教育要領を融合した育成方針に基づいて一貫して実施している点が挙げられる。

○仮に両者の機能が融合しているとすると、それぞれについて、形式的には法律を脱法しているようなかたちになっていると言えなくないもないと思うが、所管官庁はこのような形態について何か意見を言っているのか。 

  →(事務局)国がどのように考えているかということは、保育所運営費補助などのお金の問題を見るとわかる。保育所や幼稚園のそれぞれの基準をきちんと満たして認可をとっていないとお金が流れてこない。そのような現実があるので、国の考え方に則って一元化しているということではないか。

○将来的には、法律レベルできちんと融合することが目指すべき到達点であると思うが、国として具体的な取組は行われているのか。 

  →(事務局)国としては、幼稚園と保育所についてはそれぞれ教育と福祉で機能が異なり長年やってきているので、それを一元化するのは現実的ではないとして、第三類型として総合的施設をつくろうということが「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2003」で打ち出されている。再来年に法律案が示されるようなスケジュールで検討が進められている。

 

○武蔵野市では、「0123」という、閉園した幼稚園(私立)を活用して、保護者の教育、育児情報なども含めた、幼稚園でも保育所でもない新たな総合的な事業を条例を制定して行っている。
全体的な論点としては、教育行政で担うのか、一般行政で担うのかということがあり、それぞれの法律と権限の引き合いの中で、いろいろな事例が出てきている。どちらの流れの方が強いのかはよくわからないが、最近の取組から考えると、首長部局にもってきて総合行政ということで実施する方がやりやすいのではないか、そのような流れになってくるのではないか。つまり、教育委員会ではいろいろな規制が強いが、一般行政でやれば、いまの保育所を少し変えるだけで出来てしまうのではないか。逆に教育委員会で補助執行するとなるとますます薄まってしまう。教育委員会で担当した場合には、住民に対する情報提供などが弱くなってしまうのではないか、したがって、むしろ議会という公開の場できちんと議論した方が良いという議論が住民も含めてある。 

○一つ目のご指摘は、資料1−1にある類型以外の施設をつくった取組があるということだろうが、資料1−2に載っている和歌山県の取組もこれに近いのではないか。 

○現在、自治体が行っている取組をどのように評価し、現状でも条例で出来ることについてどう考えるかという点と、出来ないのはなぜかを考えながら、今後の国の制度のあり方についてどう考えるかという2点について検討が必要。今後の制度のあり方については国では両方の完全な融合までは考えていないことを踏まえて、考える必要があるかと思う。 

○幼保一元というのは、幼稚園と保育所があって、それが一元化出来るかどうかという発想の議論であり、それで整理がついてしまえば、幼保一元の施設があればいいということになるし、幼保一元が出来なければ、幼稚園でも保育所でもない第3のカテゴリーを国がつくるというメニュー追加方式になる。そうすると、だんだんメニューが複雑化するし、しかも国がメニューを作らないと動かないということになってしまう(幼保三元)。
幼保一元をしたいところは出来るというメカニズムはあると思うが、小学校とつなげたいという話や、5〜7歳児あたりを対象とする施設を作ったほうがいいという話もある。そのような自治体が期待する機能について、パーツを自由に組み替えられるということがどこまで出来るのか、またその障害は何なのかを考えることが必要である。
いまのところ、幼保一元については、幼稚園と保育所の両方の認可を受ければ、ある程度できそうであり、その時の基準が厳しいということであれば、特区制度を活用すればできるであろうし、それ以外にも標準設定論で、基準というのは全て標準であると読み替えればできるのではないか。あるいは、保育所運営費負担金が一般財源化すれば、どちらでも良いということになるなど、幾つかの条件が整えばなんとか出来るのではないかと思う。
むしろ小学校とつなげるなど、自治体が期待している機能とその組み替えの自由を作ってもらえるのか、国が期待する機能を維持しながらパーツを組み替えられる方法は何なのかを考えることが必要ではないか。
国の言っている総合施設というのは、厚生労働省では幼保プラス学童保育所も兼ねるものを考えているようだが、そのような別のカテゴリーを作ろうとすると使い勝手がまた悪くなるので、カテゴリーを新たに作るのではなく、これとこれとこれをやってほしいということだけに規制規律を抑えてもらい、そのうえで幼と保をつけたい自治体はつけ、小と幼をつけたい自治体はつけることができるようにすべきだと思う。 

○ご指摘のスキームだと幼稚園、保育所という基本的な構造自体は国が残していくということか。 

○幼稚園サービス・保育所サービスという機能確保への期待があるということはわかる。ある種の社会福祉とか教育などの期待はあるが、それが施設と直結すると使い勝手が悪くなる。さらに総合施設という別のカテゴリーをつくればますます総合性というよりは使い勝手が悪くなると思う。 

○そのような構造のなかで自治体の方でもいろいろな組み合わせができる制度を目指すべきではないかということか。 

○福祉事務所と保健所の関係もそうである。施設にするのか、果たすべき機能を担えば組織として自由に組み替え・組み合わせられるのかということである。

○幼保一元について当自治体内での取組状況を言うと、預かり保育については私立の幼稚園ではおそらく80%以上のところがやっている。最近、箱根町の幼保一元の特区構想が認定されたが、同町では少子化が進んでいて、就学前人口が数百人程度であることから、地域で幼保一体となって同じカリキュラムで同じように育てていきたいという要請のなかから出てきているのだろうと思う。 

○一元化した場合、首長部局と教育委員会のどちらが担当するのか。 

○当自治体の場合では、総合的に考えるという観点からいうと、全体計画や総合調整については首長部局が担っているのが現状である。教育の基本的な問題点ということについて、教育委員会でまとめていこうという動きにはなっていない。 

○当自治体では、子ども施策の統合を進めているものの、幼稚園と保育所に関しては相変わらず別々にやっている。幼稚園の場合は、公立が7園で私立が124園、保育所についても公立が23園で私立が137園となっており、公立のものが少ないので、千代田区のように一元化しようという動きは無いようである。 

○当自治体の場合も、公立の幼稚園が2園(小学校に併設し、園長は小学校長が兼務)に対して民間の幼稚園は40以上あり、圧倒的に民間に依存している。私立幼稚園は送迎バスで市内全域を回って入園者を集めており、事実上、地域性がなくなっている。逆に公立の幼稚園は送迎がなくて、親が自分で連れて行かなくてはならないので、入園希望者が大きく減少し、最近5年間くらいは定員に満たない状況が続いている。公立幼稚園を廃止しようという動きが出て、一時は決定するところまでいったが、保護者の反対があって、しばらく様子を見ようということになった。将来的には廃止ということになるかもしれない。ただ、幼稚園の職員を保育園で使えるかというと資格の問題があって使えないし、教員職が一般職に転向するということで、給与ベースや、職種の問題などがありスムーズにはいかない。かつて学級数を縮小したときには、同じ教育委員会の中ということで図書館に異動してもらったが、このような場合でも職種の変更が発生して大変だった。
保育園の場合は、私立と公立でほぼ同じくらいの数であるが、公の施設の管理に係る制度が変わったこともあり、本当に公立のままで良いのか、民間の力を借りて行い、公立の保育園を縮小するという方向もあるのではないか、原点に返って考えようということで、平成18年度の指定管理者制度の立ち上げまでに結論を得るよう考えている。しかし、どうしても職員組合との調整がでてくる。理論的には幼保一元の方に進んでいけば良いと思うが、幼保一元というよりもどちらかというと公の携わっている部分が減ってきている傾向があり、とても一元化とは言えない状況である。 

○論点の一つとして、私立の幼稚園、保育園と行政との関係についても考える必要があると思う。今日の研究会の資料は、公立の問題を中心に論じているが、公立の幼稚園の管理運営は教育委員会で行っているが、私立の幼稚園については一般行政で行っており、一般行政ということから見たら、公立と私立の園の総合化、統合化ということもでてくるかもしれない。 

  →(事務局)資料1−1にあるように、横浜市では私立の幼稚園に保育所を併設してもらうような取組を行っている。

 

○子どもの教育については、行政が積極的に入っていくモチベーションがあまり無い領域なのではないかと思う。企業はビジネスとして成り立つということであれば入っていく部分があると思うが、公の方はそれがない。そのような意味では、時代的な背景があって、ひとつの区切りとして公の役割というものが終わっているのか、終わりつつあるのではないか。また別の形が出てくるということはあるのかもしれないが、子どもの教育、保育という点について、行政のキャパシティの問題もあって、ひと区切りつきつつあるのではないかと思う。
たとえば保育園はあるが幼稚園はないような地域で、幼稚園的なニーズもあったとしたならば、地域の子どもの面倒をどのようにみていくかという必要性に裏づけられた行政というのが必要である。このように、子どもの教育に対してニーズがあり、それは行政の使命だということになったとすると、国の縦割りの法律のハードルがあるとしても、そういう枠組みではなくて、第3の発想で考えていかなければならない。結局、縛られないでやっていかないと次のステージへと発展していかないのではないか。
短期的にいうと、パブリックよりプライベートの方が元気があり、民間に委託することなども含めて、私立の幼稚園に特化していく流れにあるのかなと思う。保育所も幼稚園化していくのではないか。規制改革もそのようなものを象徴的に表していると思うが、その時の行政のあり方としては関与のあり方が変わってくるわけで、直接やるのではなくて監督行政ということになってくるだろう。
一般論としての印象だが、これまで、監督行政がうまく機能している例はあまりないように思う。結局、監督しているというものの、建築行政や鉄道行政に見られるように、行政は、本当にきちんと業界を監督するということに慣れていなかったということがあるので、そこのところを含めて大きく変わらないといけないのではないか。
たとえば駅前の24時間保育が粗雑な保育をやっていたという話もあったが、かなり予防的に、立入り調査なども含めて強権的な監督を行っていかないといけないのではないか。 

○幼保一元で現在条例化されているものは、公が設置主体となっているものであり、自ずと射程は限定されるだろう。ただし、都市部など、民間が十分にやっているというようなところでは、幼保一元に係る条例化の要請はさほど大きくないのではないかと思う。ただし、民間のものがあまりなくて、公が設置運営しなければならないところでは幼保一元というのはあり得るのではないか。
民間が主体となっている地域で幼稚園、保育園に対して行政がどのように関与していくかということ、あるいは、それよりももっとハードな監督という部分で行政がやるべきことが出てきているという指摘があった。
また、自治体の委員から指摘があったように、公立の幼稚園、保育園がだんだんなくなってくるとすると、国の関与のあり方及び事業主体のあり方をどのように考えるかということが必要になる。ただ、これは地域によってかなり多様なところもあると考えられる。「条例制定状況等調査」で、「都市部では幼保とも働く女性の子どもの預かり施設という色彩が濃くなっている。そこで一元化が求められる」という意見があったり、それぞれの子育て施設間の転換について、幼稚園で入所需要が少なく廃園したところをどのように使うか、学校法人が経営する幼稚園がなくなったあとで、そこを社会福祉法人に切り替えるというのは現状では難しいという意見もあり、このあたりも関係してくるかと思う。 

○現行の幼稚園と保育所の制度の違いなどを一覧表でまとめて示すと、法律的な問題や、規制、カリキュラムや保育内容などの違いを認識したうえで、それをどのように条例化していくかということで、条例制定の際の参考になると思う。
おそらく保育所では、午前中はほとんど教育の時間で幼稚園と変わりなく、午後からお昼寝や遊びの時間になるというように、幼保一元と言って区別をしているほど、具体的な運営は違っていないのではないか。そのようなことを明確にして、そうだとしたら、幼・保と区別していることには意味がないということで、一元化の運動論の論点の一つにもなるかもしれない。 

○幼稚園には夏休みがあって保育園にはないが、そのへんはどうやって一元化するのかということもある。 

○幼保一元に関しては、おそらく二つの流れがあると思う。積極的な一元化の要請がある場合と、一方がなくなりつつある場合である。地域によって違いがあるだろうし、時代的なものや場面によっても違ってくると思う。今回の議論では、積極的に必要がある場合を念頭に制度設計していこうということを念頭においていると思うが、ナチュラルに考えれば、一方がなくなっていけば一元化していく。 

○幼稚園では、0歳児や1歳児をサービスで預かってくれるというような実態はないのか。

○民間の幼稚園では、契約というかたちであるのではないか。

○親が来ると称して親がいないという2歳児クラスを週2回などという実態はある。 

○多分に幼稚園は保育所の機能を取り込んでいるというのが現実である。 

○官の目線と民の目線がすごく違うなと思う。 

○今あるものをどう処理していこうかという施設管理の発想と、子ども政策としての発想が相当ずれている。管理の発想から言えば、二元だったものを一元にして、さらには民間化ということでゼロ元にしていこうということである。市町村にとってみれば、監督の話は全部都道府県にいってしまい、何もなくなってしまうわけで、この場合、政策的課題について市町村は何ができるのか、何かしたいというときに資源を失うわけであるからどうなのかということがある。例えば、認可保育所をつくりたい・監督したいというときに東京都は出来るが、区や市は出来ないということになり、この場合、住民からどうするのかと言われたときに、市区町村は何にも手足を持たないということになってしまう。これに関してどうするべきなのか。認可権限を移すべきなのか、政策主体として市町村にいかなる権限があるべきかも含めて、考える必要がある。 

○現在の幼保一元的な施設で、一元化する前と後でカリキュラムがどう変わったのか、整理してほしい。 

○法律が想定していない実際上のサービスについて、例えば幼稚園で3歳児未満の子どもをどうしているのか、休日をどうしているのか、保育所についても千代田区では保育に欠けるという要件を緩和しているとの説明があったが、実態としてそのように出来るのか、法律上できる仕組みにはなっていないのだろう。 

  →(事務局)保育に欠けるという要件に加えて、保育を必要とする幼児の受け入れ枠を設けて要件を緩和しているということだが、その部分については運営費負担金の対象にはならない。

 

○基準の問題も幾つか指摘されているが、保育所については、現在の基準でいくと保育士の配置は1:3や1:6で、ある程度厚いが、それが幼稚園でも良いとなった場合に、極端なことをする幼稚園を想定すると、1学級35人の中にいきなり1歳児、2歳児を放り込んでしまうというようなこと、24時間保育のような問題も想定されるので、監督ということも課題になってくる。 

○老人介護の話と同様に、子どもの世話というのは、なかなか市場原理に乗りにくい。儲かるような仕組みをつくりにくいところがある。 

○この問題は、条例というよりも、規制緩和とお金の流れ、補助金の流れという制度の話をどう整理するかということがかなり大きいのではないか。それから、一番権利が弱い子どもを保護するために規制というのは必要だからやってきたと理解しているが、そういうものを一元化することによってどうやってうまくやっていくのかということがないと、監督官庁としては不安で仕方がないという声も聞く。そのための整備についてどんな形で意見が言っていけるのか、担当部局は注目している。 

○本来の意味での保育所的な機能は、公が担うべき領域として残るのではないか。 

○国は文部科学省と厚生労働省とで縦割りの所管、それを受けて自治体側は教育委員会でやるのか首長部局でやるのかという縦割りの流れ、それをどのように総合するか、総合する場合にどちらが主体となるのかということが重要である。首長部局が行っている子ども対策にはどのようなものがあるのか、その一環として幼稚園を捉えるのか保育園を捉えるのかということがある。
実際には国の縦割りの弊害がストンと自治体に降りてきてしまっているので、どちらが主体になるか明確にならないまま総合化といってもなかなか難しい。 

○首長部局と教育委員会の縦割りの要因がどこにあるのかよくわからない。執行機関が分かれていることが原因なのか、それとも単に国からの規制・関与の問題なのか。関与の問題であれば、首長部局の保健所が事実上独立していたように、関与の仕組みとしてあり得るわけで、あるいは特定行政庁の補助機関や建築主事が独立しているというのもあり得ることである。また、教員という職種の問題ということがあるが、そうだとすれば保健所の職員や建築職も同様である。一体、教育委員会制度に起因しているのか、独特の国の関与に起因しているのか、それとも人間(職種)が原因なのか。 

○教育委員会そのものに問題があるのではないか。 

○関与というのは設置主体に対する関与なのか、それとも教育委員会に対する国の関与なのか。 

○国の個別法令上の関与である。 

○都道府県や市町村の教育行政で私立も含めて幼稚園、保育所に関わるということだが、権限の有無で違うだろうという指摘があった。そこで、権限の有無にかわらず、ある程度関与できる仕組みとして、川崎市の子どもの権利に関する条例のようなものがある。少なくとも権利侵害にあたるようなものについてはオンブズマンが関与するということで、このような方法もあるのではないか。幼保一元ということとはかなり仕組みが違うが、都市部等では私立の幼稚園、保育所が多いということで、自治体が直接運営するものではないタイプのものへの関わり方として、このようなものはあり得るのではないか。また、平成6年に日本政府は条約を批准しているが、自治体のこうした取組は国の権限を侵害しているということにはならないと思う。

○当自治体では、こどもの権利保障という点について、条例化という形では取り組んでいないが、平成10年に子ども総合行政計画をつくり、子どもの権利を尊重する社会づくりということを掲げて取り組んでいる。その計画に基づき、今年4月に、子どもの権利を保障していこうということで子ども総合相談センターを設置した。 

○行政には、本来の意味での保育所の運営責任、運営主体としての役割があるが、同時にそうでないものに関してどのような制度をつくるか、また制度をつくる場合に、このような制度ではこのような仕組みになっているということを、自治体レベルでもきちんと説明、若しくは情報を開示するということが重要になってくるのではないか。 

(2)年代別の行政課題と地方行政の総合化について(首長部局と教育委員会)

○教育委員会と首長部局の今後の権限のあり方を中心に議論したい。
この問題は、沿革的には、国の縦割り行政を受けた、文部科学省系列の教育委員会と首長部局の関係をどう考えるかということで、戦前から総合行政化という議論があり、社会教育を含めて教育をどう入れ込んでいくかという対立があって、教育長の公選制後は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律に基づく教育委員会制度になってきているわけだが、今日、現在の枠組みの中でできることをやろうという取組もあるが、さらに制度の見直しについても議論が出ている。 

○首長部局への統合化ということが流れのようであるが、逆の例として資料1−5で「掛川市の「保育事務の教育委員会への委任」(P.11)が紹介されている。このような場合には、児童福祉法と地方自治法との関係が問題になるとの説明があったが、具体的にどのような問題があるのか。 

 →(事務局)地方自治法180条の2で、地方公共団体の長は、その権限に属する事務の一部を、当該地方公共団体の委員会等に委任できると規定されているが、一方、児童福祉法では、福祉事務所長に委任できるという規定がある。特別法優先の原則からすると児童福祉法が地方自治法に優先すると考えられるため、保育事務を教育委員会に委任することはできないということになる、ということである。

○つまり、掛川市の例は、反対解釈上、(教育)委員会には委任できないということか。反対解釈をしないで教育委員会にも委任できると解釈してもいいのではないか。ただ、特区を認めたということは個別法を優先する解釈をしているということになるのか。 
○地方自治法優先という解釈は成り立たないということか。特区で認めたということは、個別法を優先する解釈をしているということを確認的に表したものということになる。ここは両方の考え方があり得るということか。 

○(掛川市の例について)この背景は何なのか。教育委員会が保育事務をやりたいということなのだろうか。 

○首長が教育委員会にやってもらった方が良いと考えて取り組んだということも考えられるのではないか。 

○逆に、出雲市のように教育委員会が学校教育に特化できるように、生涯教育などについては首長部局に持ってくるということで取り組んでいる自治体もある。(資料1−5、P12参照)

○不服申立のときの審査庁(上級庁)がどこになるかという問題がある。処分庁が教育委員会の場合は審査庁は首長部局になるが、補助執行の場合はそうはならない。 

○青少年教育や女性教育については、所管は法令上は教育委員会になっているはずだが、現実にはいずれも市長部局で取り組んでいることから、教育委員会の事務は学校教育に特化し、それ以外の分野、つまり社会教育や社会体育については市長部局が担うこととすることができないか検討したことがある。しかし、具体的にどのようなメリットがあるのかと問われたときに十分説明できないだろう、積極的に教育委員会から市長部局に持ってくることには無理があるのではないかということから断念した経緯がある。 

○首長部局と教育委員会のどちらが担っても同じことではないか。どのような違いがあるのかよく分からない。 

○住民のニーズにどちらが近いかということを考えると、首長部局の方がより近いのではないか。 

○首長部局の方が活動するフィールドが広いということがある。教育委員会では、公民館など限られた施設しか活用できないが、首長部局であれば、いろいろな施設を使うことができるし、スタッフにも絶対的な違いがある。ただし、それで何ができるかというと、市民のニーズに合うか合わないかということくらいで、総論としては説明できるが、個別、具体的なメリットについて十分に説明できないので、あえて教育委員会に議決をお願いするには説得的な理由がないのではないかということで断念した。 

○公民館とコミュニティ施設との違いを考えると分かりやすいのではないか。公民館では、飲酒禁止などさまざまな規制があるが、コミュニティ施設には規制がないので、住民からすれば非常に使い勝手が良い。行政は大まかな設置条例を定めておけば良く、あとは住民が協議会をひらいて管理運営の規約をつくれば良いので、できることもできないことも住民主導で決めることとなる。
かつて教育委員会の社会体育を廃止した経験があるが、スポーツ事業団を作ることによって、スポーツ事業団と同じことをやっている教育委員会の体育課を1〜2人程度の職員を残して事実上廃止してしまった。こうすることによって、首長が総合行政でスポーツ事業団を管理監督できるので、実質的に一般行政の方に持ってきたという例がある。首長部局が担うほうが、住民にとっては明らかに情報が多く入るし、議会という場で開かれた討議ができる。教育委員会では、物理的な制約から傍聴もできないとか、議事録もすぐに手に入らないとかということがある。一般行政でやった方が住民からすれば明らかに要望が言いやすいし、すぐに施策に取り入れられやすいというメリットがある。

○地方行政組織には教育委員会のほかに農業委員会等もあるが、そのような多元的な執行機関そのものについてはどのように考えたら良いのか。 

○学校教育法上の学校教育の分野を教育委員会から首長部局に移すということは問題外である。多元的な行政そのものの分野は、それぞれの機関に任せるべきであって、首長はそれらを総合化する、すなわち地方自治法第2条第4項に基づく基本構想、長期計画に基づいて、総合的、多元的に運用するということが首長の役割であると思う。各委員会の存立そのものの事務については、それぞれの機関が行い、それを首長が管理監督、総合化するということであると思う。 

○国レベルでも、何らかの独立性を持っている組織は、現象として独善的、閉塞的になりがちであるが、そのようなことは地方行政においても言えるのではないか。教育委員会だけでなくて農業委員会など他の機関についても長期的にみると再構成が避けられないのではないか。 

○資料1−5のP.2に、全国市長会 政策推進委員会の「地方自治の将来像についての提言」(2003年4月15日)が紹介されているが、ここでは「教育委員会や農業委員会については、それを設置するか、あるいはその事務を市町村長が直接行うか、市町村が自主的に選択できる弾力的な制度とする必要がある。」と言っている。(事務局)

○国の規制がどのように作用しているかという問題が重要であって、組織の問題ではないのではないか。たとえば公民館に関していえば、それに対する規制がどうかという問題であって、公民館の規制を緩和せずに維持したいということであれば、ニーズに合わなくなるのはある意味では当然の流れであろう。首長部局にあっても規律がきつければその制度は使えないわけなので、組織の問題と国の関与、規律の問題とは異なるものではないか。 

○規律をきちんと決めてあるものを社会の変化に即応してどのように対応できるかといったら、選挙があるので、首長部局の方が明らかに対応が早いのではないか。 

○国による教育委員会への関与が、ずっと長い間の流れを受けて制度的なものに固まってしまっているので、現実には首長部局の方が、選挙や直接請求などがあるために、即応的であろう。教育委員会制度は、もともとは公立学校の理事会のようなイメージで作られたもので、教育行政全体について独立委員会であるべきということを確信的に考えて導入したものではないと聞いているが、それが肥大化して現在のような形になっている。

○首長部局に変更すれば、自動的に適切な総合化が図れるわけではない。自治体の老人サービス施設と、保育のための施設を合理化の観点で、統合設置するといった例があるが、それぞれに適切なサービスの提供が図られるような運用の仕組みを自治体自身が考える必要がある。

○当市でも、明確な方針があるわけではないが、全体として教育委員会から市長部局へという流れになってきている。たとえばスポーツ行政については、今年4月から教育委員会の社会体育課(廃止)から市民局スポーツ部に移したし、市長がコミュニティ重視という方針を打ち出していることから、公民館についても地域の核として使うという方向で、組織を区に移管する方向で検討している。
各区にある市民センターについては、社会教育の専門的な部分については教育委員会が所管しているが、組織を区に移管することにより、施設の管理運営全般は区長の補助執行としている。 

○教育委員会から首長部局に移すにあたってはたいへんな労力が必要と思うが、それでもやるというモチベーションは、市長のイニシアティブがあるということか、それとも住民のニーズが強いからということか。 

○住民の意見が反映しやすいということで、市長がコミュニティの自律経営というスローガンのもとに、何でも行政がやるのではなく、なるべく地域のことは地域で決めてもらおうというコミュニティ重視の方針を示しているので、それが一番大きいのではないか。 

○当自治体でも、総合行政ということで、教育委員会が担っているものを首長部局に持っていくという流れが強い。現在、検討しているものとしては、スポーツ振興・行政は首長部局に持っていく方がよいのではないかという話しがある。
さまざまな分野と関連づけて考えなければいけない分野、それでニーズを把握しなければならない分野については首長部局の方が動きやすいのではないかと思う。
保育所については、女性の働き方とリンクしているので、女性、あるいは人権行政の中でどのように位置づけるかという議論がある。そのような分野とリンクさせて考えていくうえで、どちらで担うほうが主体的に動くかという点で、むしろ福祉、人権といった分野との関連での検討が進んでいるところである。川崎市の子ども権利条例にもみられるように、子どもに対する虐待の問題がかなり議論されており、そうなってくると児童相談所の持っている権限を使って、場合によっては親と子を引き離すこともしなければならない、そのようにどこの権限を使って問題に対応するかということからいえば、人権分野、福祉分野の場面が強いのかなという議論である。  

○具体的に施策の横の広がりで、他の施策との関連で考えることが必要となってきており、人権、福祉施策とのリンクを考えて実施するということになると、首長部局のウェイトが大きいということであると思う。 


2 最終報告(骨子)について

   (事務局説明)

○幼保一元については、本日、議論があった、幼保一元についての現在の取組がどのようになっているのか、民間での取組についても記述した方が良い。また、都市計画については、「条例制定状況等調査」で「委任条例」という言葉を使ってしまっているので、やむを得ないかもしれないが、このような言葉は使うべきではないということを太字で明確に書くか、あるいははじめから名前自体を変えて記述する方が良いと思う。さらに「3 各委員の論文」という表現は少し硬いので、たとえば「調査研究を終えるにあたって」などとした方が良い。



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