第11回地方分権時代の条例研究会の概要



1 住民参加条例の必要性について
(1)実績積み重ね型条例と制定先行型条例

 ○ 住民参加条例には、住民参加の実績を積み重ねる中で制定されたものと、条例をまず作って後から実績を積んでいこうという二つの形態があるが、情報公開条例などの個々の条例、指針、要綱等の参加規定に基づいた住民参加を積み重ねてから、住民参加条例、一般条例の制定を検討するべきで、前者の方法によるのが適当である。また、実績積み重ね型で住民参加が発展形態にあるものについて、わざわざ理念的な条例を作ると逆に固定化してしまうのではないか。

 ○ 先に条例を作るという形態も、条例が制定されてから、1〜2年のものが多く、まだ、うまくいかないという結果が出ている訳でもなく、良くない方法と結論づけるのは尚早。改革の時には先に条例を作るという手法も、最初の一突きとして、状況によってはあり得る。情報公開制度では、最初の一突きは条例制定であったのだから、制定先行型の条例を、もう少し長いスパンで見ていくべきである。

 ○ 制定先行型条例は、条例化がどうしたら実践に結びつくかのフォローアップ、形骸化しないための仕組みが大事で、実績積み重ね型条例は、どういうメカニズムで積み重ねが起きるのか考えていく必要がある。

(2)情報公開との関係

 ○ 「情報なければ参加なし」の原則があり、情報公開条例との関係、情報提供の観点から、これからはITを活用した情報提供システムについても考慮していないと、住民参加条例を作っただけで終わってしまわないか。
三宅島は、区域、住民、自治について、三宅島という区域はあるが、その区域に現在住民は一人も住んでいない状況でも自治がある。インターネットで役所と住民はつながっている。ヤフーで「三宅島」を検索すると「広報三宅村」が出てくる。情報提供という観点からは、インターネットの活用を、もう少し理論的に住民参加条例の中で関係づけると、初めて自治が成り立ってくる。

 ○ 住民参加条例は、今までの自治体の行政手続の事前手続をもう少し明確にしようとする発想によるものなので、インターネットを通じて、いろんな行政情報を提供することで、住民同士がインターネットで議論しあおうとする。行政対住民ではなくて、住民相互の問題という視点もあってもいいのではないか。

 ○ 情報提供も含めた情報公開制度の整備なり浸透がどれくらいあったのか、情報公開制度的な参加がかなり活用されていたりしていることも広い意味では住民参加の実績に入る。

 ○ 情報公開制度と公務員法の守秘義務との関係がある。行政は、最近はかなり情報公開について、個人情報とか事業活動情報などの守るべき情報は別として、積極的に公開する姿勢になってきているが、双方の整合性をさらに検討すべき。

(3)議会との関係

 ○ 住民参加条例が、行政手続条例の延長にあるのか、議会を含んだ自治体全体を対象にするのかの論点があるが、一般の条例制定過程への参加を含んだものであれば後者ということにならざるを得ないのではないか。

 ○ 議会との関係は、自治体の場合、首長も議会も直接、住民の信託を受けているわけで、その中で条例というのは、首長と議会の両方で作って、納得しているというものなので、住民参加の手続も条例化することによって、二つの関係においては、合意事項という効果はある。議会を含めて了承されているという効果は、具体的効果として出てくる。  

 ○ 基本条例など住民参加条例では、議会に関する規定がない条例が多いが、自治法上、議会は団体の一機関として位置付けられるが、現場の実態においては、議会は住民の代表であるとの自己認識のもとに、団体の外にあって住民の代表として、住民全体を代弁し、市長、団体の側にいてはいけないという秩序イメージがあるのではないか。それを受けて、議会を規定から外すというのは、自治基本条例的な位置付けとしては、良し悪しは別として、自治法の規定とは異なった議会観に立つもので、自治体のあり方について議論する中で、意味があるのではないか。

2 住民参加の条例体系
(1)条例体系と自治体の計画との関係

 ○ 基本条例−一般条例−個別条例の3層構造の場合、上下関係、条例の中での上位規範性、法段階説という考え方が入るのか。この3層構造は、自治体の計画の3層構造とピッタリ一致する。基本構想−基本計画−実施計画で、それぞれ上位規範になってきている。3層構造の条例体系を自治体の計画の中にはめ込むと比較的合う。理論的に合ってくる。多分自治体の計画の発想から出てきたのではないかと思われる。

 ○ 基本構想があって、それぞれの施策を実行するために、いろいろな個別条例がある。基本構想を受けた個別条例が縦だとすると、住民参加は、地域でどういうまちづくりをしていくかの姿勢を示すいろいろな意見、意向、考え方を取り入れる横串である。個別条例の中にも、情報提供、審議会の公開などの規定があり、そういう基本的なものが横串となっている。住民参加が上にあるという形ではなくて、横串という形ではないのか。今の自治基本条例的なものとは別の考え方だと思う。住民参加は横串であって、基本構想のもとにやっていくということで、階層、上下関係ではないと考える。

 ○ 自治体での具体的取組みは、横串論で説明しやすい。

(2)条例間の優劣関係

 ○ 計画では目的・手段の大目的、中目的、小目的、最も細かい手段の間で論理的に上下関係が成り立っており、上から下にある程度整除可能であるが、法的ルールの場合に、特別法は一般法を破るという意味で、下の方が強いという、細かくなればなるほど、そちらを優先するという優劣関係の付け方もあり、目的・手段の関係が逆転する。基本条例でいくら定めても、一般条例で違うことを定めたら一般条例が優先し、さらに個別条例で書いた方がより優先することにならないか。

 ○ 法的に言えば、同じ条例なので、そこに一般的に優劣を付ける考え方は難しい。基本条例に個別条例における尊重義務を置いても、それと異なる特別条例を作れば、そちらの方が法的には妥当する。同じ基本条例でも後法で破ることはできるので、基本条例に特別多数決改正といった規定を置いても、後から異なった手続の基本条例を作れば、それが優先することになる。首長なり議会が、政治的責任、説明責任において、事実上の上位性を基本条例について確保するものだろう。

 ○ 基本条例では一般的、理念的なものを定めて、実際上それを尊重したものを積み重ねて、一種の「表明」というか、余り法的にギリギリ考えて置かれているわけではないと思われる。

 ○ 計画における目的・手段の関係と条例の効力の関係は必ずしも一致はしない。3層構造の条例の理念なり、法段階のレベルでは、それと計画における3層構造段階説とを何とか適合させようとして作っているのではないか。法的な効力としては基本条例などの3層構造の一番上にあるものが上位であるとは言い切れない。目的・手段とか理念を尊重したものを埋め込んでいくというのは、条例の形式よりも、計画の方が無難。計画であれば、確実にそういう構造になる。

(3)参加権の規定

 ○ 住民参加条例に参加権を規定することに消極的な立場として、非常に抽象的なレベルでの参加権を定めて、法的な意義があるのか、という考え方もあるのではないか。

 ○ ある条例では、住民のまちづくりに参加する権利を規定していながら、住民投票の提案権は首長についての規定しか置かれていない。本来、議会にも住民にも提案権はあるが、規定されていない。これでは住民が参加する権利を有するというところまでいかない。参加権を基本条例、一般条例で規定する場合には、住民のイニシアチブというものが出てこないといけない。

 ○ いろんな参加手続で、住民側のイニシアチブがどれくらいあるのか、どういう場合にこの参加手続を発動するか、誰が発案権を有するかを調べてみるのも良いと思う。

3 参加手続に瑕疵がある場合の救済の仕組み
(1)住民参加手続の瑕疵と処分性の問題

 ○ 実質的瑕疵が裁判で認められるかどうかは、参加趣旨からして、自分の意見が結果として反映されなかったということは認められないと思う。

 ○ 形式的瑕疵については、参加条例を適用し、制定された個別の案件に関する条例があって、さらに、それに基づく具体的処分があって、その時に条例の制定過程における瑕疵があったから、その処分が違法性を構成するというのはちょっと無理な場面がある。形式的瑕疵による取消は、判例は一部しか認めていない。個人タクシー事件の判例では、結果に影響を及ぼす限りで手続の瑕疵が違法となるというのが考え方である。他方では、手続が欠けていたらそれだけでだめだという理由付記の判例もあるから、参加手続の意味を考えると、後者によって、公聴会の告示がなかったとか、前提となる資料がなかったという場合には、それ自体が形式的瑕疵だと考えていいのではないか。また、早期の段階での住民参加手続が十分なされていたら、そこでいろいろな意見が出ていれば、結果も変わったかもしれないというので、個人タクシー事件の方で行っても、瑕疵を問い得る可能性はあるのではないか。ただ原則としては、裁判という形ではなかなか難しいと思われる。

 ○ 司法救済できるかどうかは、参加に権利性を設定するかどうかに関わってくる。権利性をただ単に宣言規定にしているのか、具体的な権利規定としてこの条例を作っていくのかということになり、かなり詳細に書き込んで、こういうところではこういう手続をするものとすると規定することが進んでくると、そこの段階で訴訟というのがあり得ないわけではない。そこに処分性という解釈の余地が出てくる可能性がある。

 ○ 「行政不服審査の対象になる」と条文に明記するやり方も出てくる。自治体の条例の住民参加規定ではまだないが、条例で参加について権利性を設定すると、いままでの判例ではそこまで読みきれないという判断の中で出されているが、条例できちんと読みきれると設定しておくと、抗告訴訟の対象になるのではないか。

(2)その他訴訟等との関係
 ○ 抗告訴訟のほかに、住民訴訟と国家賠償訴訟との関係があるが、住民訴訟における違法性、国賠訴訟における違法性はそれぞれの制度における観点が入ってくるので、何らかの住民参加手続のプロセスで欠けていることが、住民訴訟、国賠訴訟に直結するものではない。

 ○ 一般的な法理として、住民参加の規定のあるなしにかかわらず、条例制定過程に関して、司法審査が及ぶ可能性が今後あると思われる。例えば、条例制定過程で利害関係人の適正な意見聴取などの規定がないということで違法性の事由に取り込まれ、司法審査が及んでくるという可能性は十分あり得る。

 ○ 住民参加手続に権利を設定する際に、行政側で処分性を設定することは、理念的にはできると思われる。条例によって、利害関係人に申請権を与え、参加権の付与、申請に対する応答などに処分性をもたせることは、法的には可能である。
ただ、実際には、手間とか瑕疵を後で訴訟で問われるとかの可能性を考えると、そういうことにはなかなか踏み切らないのではないか。特に、パブリック・コメントのように広く薄いものについて、ネット等で広く意見を募集して応答すると、自分の書いたパブリック・コメントに対する応答がないという住民からの主張について、アタックできるような制度を自治体が作るか、作るインセンティブがあるのかどうか。



BACK