第9回地方分権時代の条例研究会の概要
 
1 自治体での住民参加の取組み状況と意義・課題等
(1)パブリック・コメント制度
  ア 制度のインセンティブ、意義・効果
  ○ 経済学の議論だと、関係者のインセンティブが重要である。例えば、パブリック・コメント条例を制定すると首長にも、議会にも得があるというような場合に、制度が有効に働くのではないか。お互い得でない場合には、形骸化になりかねない。単に義務付けられているから実施するのではなく、何か得になるインセンティブが制度上埋め込まれているかどうかが、重要ではないか。
  ○ パブリック・コメント制度でいえば、例えば、行政側にとってのインセンティブは、コストの増大という側面もあるが、住民への説明責任を満たす、より効率的な方法であるということ。また、議会にとってのインセンティブは、議会審議前に議論の粗づくりができ、成熟した議会審議が可能となることではないか。今は、制度導入したばかりであるので、理論的なことしか言えないが、制度の効果やインセンティブについては、実際に運用を積み重ねる中で判断していく必要があると思う。
  ○ パブリック・コメント手続の実施を義務づけることにより、今までは、議会の方を向いて条例を作っていた面があるが、これからは、直接住民と向き合って条例案を示さなければならないという効果がある。
  ○ パブリック・コメント制度の意義としては、より良い案、より良い条例ができるということではないか。今までの住民意見の聴取制度と違うところは、行政側の応答義務であり、これがあるから行政側にとっても厳しいし、住民側にとっても意見の提出し甲斐がある。また、住民の参加意識も高まる。実際に、情報公開条例案のパブリック・コメントを審議会として実施したことがあるが、住民から提出された意見により、原案が一部修正になったということがある。
 
  イ 課題
  (ア)議会との関係
  ○ 30年前に市民参加という概念がでてきた当時、市民参加は議会の軽視ということが散々議論された。パブリック・コメントを実施するとき、全員協議会とか、そういう事前の手続を実施しているのか。
  ○ パブリック・コメントを実施する段階では、それと同じ案を、議会に一般的な説明はしているが、全員協議会等にはかけていない。
  ○ 議会に対しては、パブリック・コメント手続の実施により、条例案の議会審議の前に、住民との基礎的・大雑把な議論・意見の交換、行政側の応答という過程を経ることになり、議論の前裁き、粗造りができるため、議会審議では、より密度の高い議論が可能となるという説明をし、議会の合意が得られた。より良い案をつくっていく手段として認知されてきているのではないか。
  ○ パブリック・コメント手続について議会との摩擦は余り問題となっていない。理由として、要綱による実施以前から、主だった条例は住民参加(意見募集や、ネットによる情報提供等)をしていたという状況がある。また、議会の方でも、事業者や住民など様々な意見を聞いて条例案を策定しているという、一種の信頼性の担保にもなっているからではないか。
  ○ 住民参加のプラス面だけをみるのではなく、今は、うまくいっているかもしれないが、制度的にきちんと整合性がとれているかという視点が大切である。「議会軽視」についても、その視点から検証する必要がある。
  (イ)その他の課題
  ○ パブリック・コメント手続の使い方について住民側にも、より高いレベルアップが求められるし、それ以上に、職員側の意識改革が求められる。各部の副部長を実施責任者として、その実効性を確保しているが、今後は、制度の充実に重きを置いていく必要があると考えている。
  ○ パブリック・コメントを実施するタイミング、行政側の案がどの程度まで固まった段階で実施するのかが、最も難しい。そこら辺のルールづくりが課題である。
  ○ パブリック・コメントを実施する範囲について、現在、要綱で義務づけているものは規制条例と計画であるが、それ以外でも、担当課からパブリック・コメントで住民意見を聞きたいという実例もある。住民から意見を聞く範囲については、もう少し積極的に考えたいという意向もある。
  ○ パブリック・コメントの住民意見として、国の施策に関わるものがあったが、そういった場合に、国の施策ですので、仕方ありませんという回答しかできない。
 
  ウ 行政手続との関係
  ○ パブリック・コメントは、行政手続の一環としての位置づけで捉えるべきで、単に抽象的に住民意思の反映とか住民参加の拡大で捉えるのはいかがか。法体系の枠組みからいっても、例えば、情報公開における情報提供の一環としての位置付けなり、行政手続の明確化としての位置付けで出されたものである。
  ○ パブリック・コメントは、行政手続の一環であり、手続を明確化、透明化するものである。実務上も、行政手続の担当が責任をもって、パブリック・コメントの運営を行うということで、一元化を図っている。また、議会にかけるまでのフローを細かく図化している。
 
(2)その他の取組み状況等
  ○ 審議会委員に市民を入れる場合は、選考をかけるし、抽選等で決めるということはない。このため、自治体側に、余り審議会が市民参加にあたるという意識はないのではないか。また、当市における住民参加の取組みとしては、公園の設計について、周辺住民とワークショップ方式で取り組んでいる事例が多い。行政も技術的な支援をしており、時間はかかるが、効果があると考えている。
  ○ 当県では、審議会の原則公開という方針をだしている(全面公開ではない。)。委員の公募は行っていないが、川崎市の都市計画審議会や、藤沢市の環境審議会では、市民枠ということで公募をきっちり位置づけている団体もあると聞いている。
 
 
2 住民参加の実態と限界・課題
  ○ 住民参加の必然性がないところで、住民参加の実施を抽象的に言っても意味がない。住民参加をすべき重要なことが本当にあるのかと疑うところから、出発しないといけないのではないか。
    例えば、ある河川環境整備計画の策定過程の例であるが、河川のような公共事業は批判の的になっており、まさにやむにやまれない状況の中で住民と話し合いしているという状況がある。しかも住民のレベルは非常に高く、専門的知識も持っている。衆人環視の中で、本当に膝と膝をつき合わせて、住民と話し合いをしている。しかも、半端なものではなく、2年間かけて、毎月、毎週、準備があれば休日出勤をして、フォーラムをやって、朝10時から夜10時まで、とことん議論をして、肉声でのやりとりをする中で案ができている。これこそ本当に住民参加であって、パートナーシップとか、できれば前倒しでやった方が良いというような抽象的な話ではないと思う。
  ○ 行政の役割は、専門的な決定であるはずである。専門的な決定の部分と民主主義は対立する。住民の生の情報を聞けば良いというものではないし、住民全員の意見を聞けば良いという保障は無い。行政職員には、この点についての自覚や認識が必要である。
  ○ 住民参加を拡大することによって、公平性や決定の妥当性の確保が図られる部分もあると思う。ただ、究極的には様々な住民参加制度を組み込んだ結論として、Aがでた場合、行政の専門的判断としてはBが正しいという場面があり得る。そのときに、住民参加制度を仕組んだ場合の結果の効果をどうもたせるのか。それと行政の決定の関係をどうするのかという課題がある。
  ○ 参加の主体としての「住民」とは誰なのか。課題となっている河川や産業廃棄物処理施設の周辺に居住している人から、当該地域に勤務している人、企業といったものの参加をどう位置づけるのかという問題がある。
    また、逆に、自治体の住民である以上、好むと好まざるとにかかわらず、参加しなければならないのかという問題があり、資料1−イには、行政及び住民のレベルアップと書かれていたが、逆に、そういうものに余り関わりたくない、淡々と日常生活を送りたいという住民を、住民参加制度でどう位置付けるかという問題もある。
  ○ 住民参加を積み重ねて策定した、地域ルールや決定事項について、それが新たに住民となった者まで拘束する正当性があるのかという課題がある。
  ○ 実際、政治的メカニズムとして、産業廃棄物処分場の建設問題で、元から住んでいる住民が、新たに住民となった者を押さえ込む方向で、住民参加が利用された事例もある。価値観の問題は別にして、行政側のメリットとしては、決定事項を実行する時に、全員で決定したことということで、相手方の反論を封じるというものがある。住民側のメリットとしては、どうせなら自分が守りたいものに変えたいというものがある。そういう意味で、両者にインセンティブがあれば一応合意が成り立つこととなる。
 
 
3 現行制度(自治の枠組み等)と住民参加制度
  ○ 現行制度を変える必要があるかどうかの議論から出発する必要があるのではないか。現行制度がうまく機能しているかどうかの検証、問題点の抽出をした上で、住民参加制度について議論すべきではないか。この点を踏まえなかったら、議会も首長も不要であるといったこと(間接民主制の否定)になってしまうのではないか。
  ○ 資料1−カの地方分権推進委員会の最終報告に、第3次分権改革のテーマ(改革課題)として、住民自治の拡充方策が取り上げれられている。最近の自治基本条例の制定動向等から、議会議員の選挙制度や地方議会と首長の権限関係、執行機関のあり方などについて、米国の自治憲章制度に類似した発想が窺えるとしている。ここら辺は、基本的には地方自治法制、基本改革の部分であるが、その議論とは別に、漸進的な、現行制度の枠内での住民参加制度のあり方や、あるいはそれを条例化するということもあるのではないか。
  ○ 当面の研究の方向としては、個別の住民参加制度を検討して、そこへの限界としうことで、国への提言ということも議論し、まとめていくということで如何か。
 
 
4 住民参加制度を条例化する意義
(1)住民参加の手続的保障の意義
  ○ 住民参加をする価値があると行政当局が判断したものを、事実上実施しているのが、現状ではないか。その場合には、条例化したとしても形式化する可能性が高い。
  ○ 住民参加の実施基準や方法が明確化されれば、行政側に実施が義務づけられる(手続的な保障)ということを、どう評価するかがある。条例化(制度化)するというプロセスで行政の意思が変わるのであれば、プロセス自体に意味があることになる。そうでなければ、単にPR効果だけに留まってしまうことになるのではないか。
    また、審議会委員を市民公募しても、その実効的な運用がされるかどうかが、選考手続や、当該市民の審議会での議論でかなり変わるということであれば、政治学サイドからは、条例化(制度化)だけでは意味がないということになる。
  ○ 住民参加について手続を保障する形で規定した場合、当該手続の実施に瑕疵があるときに、それに基づいて決定された施策なり条例の法律効果はどうなるのか。また、その場合どのような争われ方をするか。
  ○ 法治主義との兼ね合いで言えば、最近、条例制定手続に対して司法審査が積極的になっている傾向が見られる。条例制定過程で住民参加をする、あるいは条例で住民参加を規定することによって、裁判上、あるいは国地方係争処理委員会での審査上、有利になるということであれば、行政側、議会側にとってメリットが生まれる。
 
(2)住民参加の形骸化と条例化の意義
  ○ 住民参加を実効的にするために条例化が必要なのかどうかを議論をする場合に、既存の参加の制度が形骸化しているという具体例があり、それは条例化によって克服できるのかが具体的なポイントになる。例えば、都市計画の手続で、公告縦覧手続や意見書提出手続が定められているが、そういった制度が形骸化してないのであれば何も自治体独自の住民参加を実施する必要がないわけで、制度が機能していないとすれば、原因は何なのかという議論が必要である。
  ○ 従来の法律で実施していたような住民参加について、形骸化の指摘があるのかというと、例えば、都市計画だと、完全に行政として案が固まってから実施していたからではないか。実際、担当者にとって、もう縦覧が始まった、手続が最終段階だから安心したというような意識さえあったのではないかと思う。案の作成段階から住民の意見を聴くということが重要である。
 
(3)条例化における課題
  ○ 住民の手続的権利として構成しないと、条例化の意味はないと思うが、現状は、そこまで整理できなかったという面がある。例えば、従来、情報提供・公表してこなかったような政策決定過程の情報について、何を、どこまで、どのタイミングで提供するかという問題について、計画や施設計画、条例、それぞれで様々な考え方が錯綜し、極めて整理しにくい。そのため、パブリック・コメント制度についても、条例化していない。もう少し、現在の制度を運用しながら、本当に原理として起こせるのか見定める必要があると考えている。
 
(4)パブリック・コメントの条例化の意義
  ○ 当市では、「地方分権に伴う条例等の整備方針」で、自治法14条2項だけでなく、14条1項に基づき、市民に手続などの作為を求める事項等も条例化する方針を定めており、当然、パブリック・コメント手続についても条例化している。
    条例化することにより、当該手続が義務付けられることとなり、住民に行政原案に対する意見主張の機会を保障しなければならないこととなる。また、これにより、行政の手続が、より透明化、適正化することにも繋がるのではないか。
    また、パブリック・コメント制度は行政運営上の重要事項であるので、条例化することにより、長が提出したものを議会が審議して議決するというプロセスにも意味があると思う。
 
 
5 研究会で取り扱うテーマ等について
 ○ 住民参加の範囲として、自治体の事務そのものについての住民参加と、それ以外に国の施策等(基地問題や原発施設の建設など)についての住民参加があると思うが、後者の住民参加も取り扱うべきではないか。自治体レベルでの住民参加であれば、議論の仕方次第で、間接民主主義に抵触しないということで、全く違う原理に基づいて議論することもできる。両者は質的に違うのではないか。
 ○ 論点としては、国の事業執行に対する住民参加、あるいは、国の事業執行や施策に対する自治体の参加に、どのように住民が関与できるのか。あるいは、そのとき、自治体の主張なり議会の意思が、住民の意思と異なる場合にどうなのかというものもある。